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□『涙色の空』 Ep.1
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どこで  道を間違えただろうか

いや、間違えるなどと言うよりもむしろ
決まっていたことだったかもしれない。

それでもただ ただ生きた証を
この胸にしっかりと刻みつけておきたかったから。

ハロー 聞こえていますか?
この声が


届いていますか? 愛する貴方へ

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始まりは、果たしていつだったろうか。

あまり詳しくは覚えていない。
…というより、それほど距離が近くなりすぎていたということだろうか。
ただ一つだけ、鮮明に覚えているのは
嫌というほど聞こえる銃声と、


たった一つの眩しい太陽のような笑顔だった


『………………い、君』

誰かの声がする。だが、誰の声なのかは見当がつかない。
記憶を探ろうと頭を回転させるものの、脳に痛みが走り
何も思い出すことが出来ない。

『悲しいね。何故人は争わなければいけないんだろう。』


そう言って、目の前にいるであろう男はただ、ただ寂しそうに笑っていた。


道中、何度も鳴り響く銃声の中をその男は颯爽と駆け抜け、ただ俺は身を任せるしかなかった。
うつろいだ頭の中で、必死に手掛かりを探したがそんな事をしているうちに
気がつけば人気のない空き地のような場所に着いていた。
やっと意識が覚醒してきたのか、俺は辺りを見回した。

『どうでもいいけど、意識が戻ったようなら自分で降りられる?』

そう言われて、やっと自分がまだその男に抱えられていることに気付いた。
あろうことか同じ男に抱きかかえられていたとは…………情けない。

『あぁ…すまなかった。どうやら気を失ってしまっていたらしい。』

そう言って男の腕を解き、地面に降りる。

『驚いたよ。まさかあんな戦場のど真ん中に人が倒れているとは。』

男は半ば笑いながら、振り解かれた腕を回しながら答えた。

言われてみればその通りだ。そもそも何故自分はあのような場所に倒れていたのだろうか。
…………駄目だ、やはり何も思い出せない。
一つだけ確証があるのは、自分は恐らく………………軍人だということだ。
好ましいことでは決してないが、今着用している服装から察してそうだろう。
大した怪我は無いようだが、何より大切な「記憶」というものが抜け落ちているようだ。

『俺は………………誰なんだ……?』

気がつくとそう呟いていた。
自分の正体が分からないというのは、こうも不安に駆りたてられるものなのか。
焦燥感が胸から消えない。

『うん、誰なんだろうね。』

俺は落胆や怒りや言葉に出来ない気持ちが溢れてきて、ふいに拳を握りしめていた。
心のどこかで思っていたのかもしれない。

この男なら、あの戦場で笑顔だったこの男なら何か知っているのではないかと。

『………………っ!』

『でも、君が誰だったとしても』

その声で俺は我に返り、自分より一回りは大きいであろうその男を見つめた。


『助けたことには変わりないよ。たとえそこが………戦場だったとしても。』


まただ。そう言って彼は寂しそうに笑う。
この状況が彼にそういった顔をさせているのかと思うと、何故だか少しばかり胸が痛んだ。

しかしすぐにそのような表情は消え、明るい口調で彼は話しかけてきた。

『僕の名前はランス。君の名前は………っと、失礼。君は記憶を失っているみたいだったね。』

ランス、と名乗ったその男は勿論俺と同じ軍人だった。しかし、服装が見るからに違う装飾や色だという
所から察するとおそらく違う軍なのだろう。

改めてランスを見ると、稀にいない美しい顔立ちをしていることに気付く。
整った鼻先、長く伸びている睫毛。瞳は真っ直ぐに前を見つめていて、吸い込まれそうになるような
澄んだ群青色だ。髪は明るい金色で、貴族か何かの出ではないかと思う。

俺はしばらくランスを見た後、何か会話を続けなければならないと思い口を開いた。

『迷惑をかけてすまなかった。申し訳ないのだが、記憶を失っているので名を教えることも出来ないようだ。』

そう言うと、少しも明るい調子を崩すことなくランスは会話に応じた。

『気にしないで。でも名がないと寂しいような気がするし……そうだ!僕が考えてもいいかい?』

とてもワクワクした様子でそう提案し、ランスはそのまま考え込む。
俺はどうすることも出来ないまま、とりあえず黙ったままランスが口を開くのを待った。

数分くらい経っただろうか、ランスが「あっ!」と声をあげ突然俺の手を取り上げ、そのまま強く握りしめた。

『ウィン、そうだ。「ウィン」がいい!』

俺には何故そんなに「ウィン」という名にこだわるのかがよく理解出来なかった。

『何故「ウィン」という名を選んだ?』

すると嬉しそうに尚も強く俺の手を握りしめ、ランスは笑顔で答えた。

『ほら、英語で翼のことを「ウィング」と言うだろう?翼があれば何処へだって行ける。突然戦場に舞い降りた
 君にピッタリの名前だ。』

その言葉には、今の現状に対する多少の皮肉も混じっていたのかもしれない。誰が好き好んで、こんな争いに
臨むことが出来ようか。
ならばいっそう、「翼があれば飛んでいきたい」などという思いが強くなるのだろう。

しかし、そんな理屈は抜きにしてただ単純に、俺は嬉しかった。
記憶を失う以前にどんな名だったかは分からないが、今この場で与えられた「ウィン」という名を付けてくれた
ランスに純粋に感謝したいと思った。

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