◇捧げ物小説

□楽園から外れた花畑で
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ふわり、とどこからか花の香りがした。

おかしい。
この世界に…精神世界には花など咲いていなかったはずなのに。
木にもたれかかって眠っていた骸は座ったまま身体を起こし、まだ寝ぼけている頭を働かせようとした。


(……あぁ、やはりおかしい。だってこの世界は…)


この世界は、骸が作った世界であり、彼女…クロームの精神世界でもある。
出会った当時、彼女の感情はまっさらで、あるものと言ったら草原と木々だけだった。

何物にも、心を動かされない。
だから、何もない。
だから、花など咲くはずもない…はずなのに。


「骸様っ…!」


可愛らしい声が骸の名前を呼んだ。
骸が見上げると傍らにはクロームがいた。
気のせいか、どこか嬉しそうで何故か両手を背後にまわしている。


「おや、どうかしましたか?クローム」

「えと、見てください…これっ」


そう言ってクロームは背中にまわしていた手を骸の目の前へと出した。
そこには可愛らしい花が握られていた。


「…花、ですか」

「はいっ!そこに咲いていて…私、知りませんでした。ここに花が咲いてたなんて」

「あぁ、僕も知りませんでした」

「!…骸様にも、知らないこと…あるんですね」

「クフフ…僕も人ですから」


そう言って骸が笑うと、クロームも微笑んだ。


「骸様っ!あの…もしよかったら、一緒に行きませんか?」

「?……どこへ?」

「この花が、咲いていたところにです」


クロームがそう言って手を差し出すと、骸は小さく笑ってその手をとった。




「おや…思っていたより咲いていますねぇ」

「はい。私も、こんなに花が咲いているのみたことないです」


クロームに連れられてやってきたその場所は、花畑と呼ぶにふさわしいほど花が咲き誇っていた。
見渡す限りが、愛らしい花々。
どうして今まで咲いていることに気付かなかったのだろう。
先程の場所からもそんなに離れていない。
どうやら先程香った花の香りは、ここからだったようだし、気付かないはずはないのだが。


「骸様?」

「え、あ…あぁ。すみません、すこし考え事をしていました…気にしなくていいですよ」

「…そう、ですか?」


首をかしげるクロームは、骸の顔を覗き込んだがそこから彼の考えを読み取ることはできなかった。


「…それより、いいんですか?花畑、見ないで」

「!っはい!もっと綺麗な花骸様に摘んできますねっ」


そう言って駆け出したクロームは、足がもつれたのか「あっ」という声とともにバランスを崩した。


「っ!クロームっ!?」


とっさに伸ばした手は、クロームの腕を掴んだが、支えきれずに骸までもがその場に倒れこんだ。

ドサリという二人の倒れこむ音と共にふわりと花びらが舞った。


「っつ……大丈夫ですか、クローム?」

「え…と…?っ!す、すみませんっ骸様!わ、私っ」


クロームは、自分のせいで巻き添えになってしまった骸に慌てて謝り、起き上がろうとした。
そこで、何を思ったのか骸は起き上がろうとするクロームの手を引き花畑にクロームを引き戻した。

ポスン、と小さな音がその場に響く。


「…む、骸…さま?」

「…もう少し、このままでいましょう?クローム」


あわあわと慌てるクロームをよそに、骸は子供っぽく笑って寝転がる体勢でクロームを抱き寄せる。


「ふぇっ?!え、えと…どうしたんですかっ?骸様…?」

「いいじゃないですか。少し、だけですから。…それにしても穏やかで、とてもいい気分です」


クフフ、と楽しげに骸は笑う。

クロームが顔を真っ赤にして身体をよじると、骸は抱きしめる腕の力を強めた。


(あぁ、なんと心地いいのでしょう)


こんな気持ちになったのは、もしかすると初めてかもしれない。

骸はクロームを抱きしめていた腕の力を抜き、少しだけ自由にしてやる。
顔を赤らめた彼女はおずおずと骸を見上げた。
その顔を見て、また骸は笑った。


(もしかすると、この花畑は彼女の影響で造られたのかもしれない)


骸は、根拠もなくそう思った。
今のこの感情は、彼女に対するものと似ている…気がした。

何物にも、心を動かされなかった。
だから、この世界には何もなかった。
けれど、彼女と会ってから。
彼女とこの世界で触れ合ってから。
骸の中で、何かが確実に変わっていた。


「むくろ、さま…」

「なんですか?僕の可愛いクローム」

「…………好き、です

「クフフ、僕もですよ」


骸はそう言うと、そっぽを向いてしまったクロームの頬を両手で包むとそっと彼女の唇に自分のそれを重ねた。


花々は風にゆられてそよそよと揺れていた。


―この花達はきっと、この淡い想いのカタチなのでしょう


幸せから遠ざけられた彼らの、楽園から外れた花畑。
それは現実の世界の代用品でしかない。
それでもいつか。
彼らが本当に触れ合える日は、訪れるだろう。

それまでは、

この代用品の世界は、廻り続けるのだ。



end.
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あとがき

すみませんかなり遅くなったうえにオチが何とも言えない感じになりました…。
小説or絵の書きやすいほうで、と言ってくださっていたので小説に…。

今回はリクエストありがとうございます!
くみちょ様にはいろいろお世話になってばかりですが、これからもサイト共々よろしくお願いします!




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