gift&present2


□ネクタイの結び方。
1ページ/1ページ



「ほら、これ」
「かたじけない、ジョット」
「……それの中身はなんだ」

嫌な予感がして思わず聞いてしまった。すると、雨月とジョットがそろって振り返る。あぁ、こうしてみると雨月の方が少し背が伸びたな。などと思って。

「「スーツ」」
「…………は?」


ネクタイの結び方。





「午後の会議はスーツで出席することになりまして」
「また、急だな」

雨月から受け取ったスーツをクローゼットにしまい込もうとして、ふと手が止まった。もう着替えさせても良い時間だ。いっそこのまま、着替えて貰った方がよくないか、と。
彼は今日は外出着で廊下を歩き回れるだけの体調になっている。大丈夫だろう。

「先に着替えるか、手伝おう」
「ありがとうございます、ナックルさん」

ボタンやベルトには慣れがある雨月は、シャツもスラックスも難なく着込んだ。細い体躯に似合うようにオーダーメイドしたらしいスーツは、マフィアらしく黒かった。よく着ている服が白いから、雨月らしくなくて、何となく落ち着かない。けれど、それでも、俺達はマフィアなのだと思い知る。自警団を名乗っていた頃とはもう違うのだ。


(詮無いことを、)


思っても仕方ない。そう自分に言い聞かせて、ネクタイとハンカチーフを渡す。と、そこで彼が動きを止めた。

「?」
「あ、あの」
「どうした」
「これはどうしたら」

良いのですか、という言葉はおそらく羞恥だろう。尻すぼみになって消えていった。どうもこうもない、結ぶだけなのだが。そう言えば、彼の私服にネクタイを使ったものはなかったことを思い出す。初めてか。それならわからないだろう。異国人にとって、ただの細い布きれを首に巻く行為はどう捉えられるのだろうか。
とりあえず、ハンカチーフを胸ポケットにつっこんでやって形を整えて。それからネクタイを片手に背後に回った。雨月がおたおたしているのが何となく可愛くて目元が緩みそうだ。

「これはこうして、首に巻く。シャツの襟を立てろ」

前からだと、さすがに俺もやり方が怪しくなるので。後ろから自分が巻く時のように手を動かす。ジョットなどに言わせれば、ノットは多種多様にあるから一つだけでも覚えて桶というところなのだろうが、あいにくこちらは一つで間にあっている。雨月も、そうだと良いと思いながら仕上げると窮屈そうに彼が襟元を崩そうとしたので止めた。多分、今回の会議でスーツ姿のこいつは注目される。きちんとしていないとまずいだろう。

「首がしまりそうです」
「実際、締めているからな」

ついに、――――雨の守護者のお披露目か。この時期を選んだジョットの意向が知りたい所だが、聞く暇はない。食事を取ったら、もう会議だ。その間、我らがボスはまだ書類と格闘するのだろう。邪魔はできない。サボる口実を与えてはいけない。
これで、雨月の顔も知れ渡る。恵みの村雨と謳われる、ボンゴレ雨の守護者として。


(いつかは、)


来ると思っていたから、仕方ないと思わなければいけないことなのだが。それでも。

「ナックルさん?」
「少しだけ」

スーツに皺がつかないよう気を付けながら、抱きしめる。今まで、隠してきた宝物を盗られるような気分だ。雨月は戦える。俺よりきっと強い。けれど、繊細で臆病で、寂しがり屋なところのある、まだ子供だ。そう、まだ子供と言えるほど、こいつは幼い。その幼さにつけ込んだのは、俺とジョットだ。


(このまま、隠してしまいたい)


そんなことはできないとわかっていて、なお、思ってしまう。だからタチが悪い。
雨月がこんな形で皆の前に出なければいけないことが悲しい。守護者全員がひた隠しにしてきた秘密の一つを暴くのが今日であったことを恨めしく思う。

「ナックルさん……?」

少し伸びた背も、まだ骨と皮が目立つ体躯も、幼さの残る顔立ちも、すべて。
隠しておきたかった。そう、願っていたのは紛れもない俺だ。これからは以前のようにパーティーで人目を忍ぶこともなくなるのだろう。それも寂しい。けれど、雨月が本来するべき姿で公の場所に出れることを良しと思わなければいけない。ひとときの嘘は、もう終わったのだ。

「Amore mio」
「…………っ」

ふわりと赤くなった雨月の唇を一度啄んで、そっと離す。スーツは着崩れていない。

「ナックルさんは、ずるいです」
「お前も、な」

決して返事をしてくれないくせに、そうやって態度であからさまに動揺してみせるから、俺がつけあがるのだと早く知ればいいのに。
――――愛している、だけでは、守れない。

「食事で汚すなよ、ネクタイ」
「は、はい」

最後の仕上げに、スーツのジャケットを直してやると本格的にマフィアらしい彼ができあがった。
長い髪を束ねて、刀を提げていないとよくわからないかも知れないけれど。紛れもなく自警団の、ボンゴレの、マフィアの一員としての雨月だ。


(覚悟を決めろ)


「さあ、行くか」

最愛の恋人の背を押して、部屋を出る。この一歩からすべてが始まるのだ。

「あ、ナックルさん」
「なんだ?」
「またネクタイ、結んで下さいね」

にこりと微笑んだ彼に、泣きたくなった。





I pray you follow happy days.
20120314 R
Copyright© 2012 【R】 Allright Reserved.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ