みっくすされた日々。


□白日の下にさらす。E
1ページ/2ページ



特式十の型は、合格点をもらえた。

「合格だぞ」

当たり前だ。
何にも考えなくていいように、必死だったんだから。






白日の下にさらす。E









合格点出したら、小僧はまたどっかに行ってしまった。
稽古つけてもらおうと思ったんだけどなぁ。つまんねぇ。オーバーワークになりそうだから今日は終了。小次郎をボックスに戻して着替える。修行の度に濡れ鼠になるから、いつも着替えの用意は必須事項だ。濡れた髪を拭いていると、先輩が来た。やっぱり手にはユズ湯。オレは笑顔でお礼を言う。




「今日は皆さんの修行が無事終わったお祝いと!」
「明日の作戦成功を祈っての壮行会を兼ねた宴会です!」

小僧にもらったグラスが酒だった。一口飲んでわかったけど、まあいいかって。そのまま飲む。獄寺も一緒に飲む。そしたら途中でツナにバレた。顔赤いみたいだけど、うーん、わかんねぇ。熱いなってそれだけ。意識はしっかりしてるつもりだ。でも酔っぱらいってたぶん、酔ってないって主張するんだろうなって思ったらオレも酔っぱらいの仲間に近い。うん、熱い。
盛り上がってる輪の中から抜けて、壁にもたれる。冷たくて気持ちが良い。暖房はようやく直っていて、今日は本当に久しぶりに普通の格好をしてる。しばらくみんな厚着してたから、何となく変な感じがした。ぱたぱた手で風を煽って、もう一回壁に後頭部を擦りつける。熱い。先輩はいつもこんくらい熱いのかな。いや本人は熱くないか、あれは体温だ。


(先輩が見てるのは、オレじゃなくてここにいたはずのオレだから、)


オレにくれるのは好き、だけ。優しさとキスと体温。全部あたたかくて優しい。きっと本当は生々しいんだろう愛情は、上手く想像できない。ただ言えることがあるとすれば。あの人があのきれいな目で、熱い手で、驚くほど高い体温で、触りたくてたまらないという顔で、触れる。オレじゃない人を。それを想像すると、

「山本、ホント大丈夫? 酔った?」
「ヘーキヘーキ!」

平気、だと思った。絶対あの人の前で泣いてたまるか、中学生のオレがへらへらしているところだけを覚えていてくれればそれでいいんだ。
だから、平気だから。


(泣いたりしない、)


(Grazie mille.……Bounanotte,sogini d’oro.)


目を開けたら、自分のベッドだった。誰か運んでくれたらしい。何か暖かかった記憶というか感覚だけ残ってる。それから、何か言われたような。すごく優しい声は誰のものかわからない。あー悪いことしたな……思いながら体を起こすと、少し頭が痛んだ。うん、ちょっと調子に乗って飲み過ぎたかも。耐えられない程じゃないけど。

「誰が運んだんだろー」

きちんと肩まで上げられた毛布から抜け出て体を起こす。何の痕跡もない部屋は、当然ながら一人部屋なのでオレ以外の気配はない。
――――明日の作戦決行前に、もう一回。あの人と話したかった。話に、行く? 寝る直前の思考をぼんやりと思い出す。浮かぶのが先輩の顔だからこれはかなり重傷だろう。いいさオレには初恋なんだ。でも、何を言っても、何を求めても、きっとあの人を困らせるだろう。っていうか中学生に告白されたら困るだろ、いくら自分が口説いてたっても。普通困るだろ。だって。(愛してる。)言ってもらえなかった。(捕まえ直す。)それはオレじゃない。こっちはただあの人が好きなだけで、想うだけでがんじがらめになるのに、あの人はそうじゃない。――――うわ、ちょっと傷ついた。ってか女々しい。
気持ちは言わなきゃわかんないけど、わかられたくないものも、ある。と思う。気付かせたくない、気付かれたくない、絶対に。でも、でも。酷い、ですよ。アンタ、中学生相手にあんなせっせと口説かなくたっていいじゃん。もうこんなに好きになっちまった。気付いちゃいけなかった、きっと。この気持ちはよくわからないもののまま、過去に帰ってしまえば良かったはずなのに。

「……ん? 何の音だ?」

ガリガリ、聞こえる。なんだコレ。外に出てみると、雲雀が獄寺の猫を連れてやってきていた。酔っぱらって来た、って。瓜にまで酒あげた覚えねーんだけどな。
おやすみ、言い置いて去っていく背中をツナと獄寺と小僧と一緒に見送る。……なんか、拍子抜けしたというか。部屋に戻ってベッドに座って。何となく、気が抜けてしまった。そんな空気というか気持ちというか、勢いがふっと抜けた。
あ、でも。雲雀が寝るって言ってたから、もしかしたら。先輩も部屋に帰ってる、はず。もう寝た? オレにはもう、あの部屋に行く理由はない。暖房は直ってしまったから。独り寝が寒い、それだけしかあそこにいていい理由はなかったから。


(でも、でも)


会い、たい。一目で良いから顔を見たい。声を聞きたい。何でもいいから、触れてほしい。
欲求だけなら突き抜けるほどあるのに。一歩として動けないってのは結構情けない。でも、体は勝手に竦む。
でも、それでも、行かなくちゃきっと。今日はもう、きっとあの人は来ないから。
ホントはまだ酔ってんじゃねぇかって思うくらいぼーっとしてた。気が付いたら先輩の部屋のインターホンに手を伸ばしてたんだから。うん、オレ夢遊病とか? 可能性ありそう。それくらい、ここまでの道のりの記憶がない。ごっそり抜けた記憶の代わりにあるのは、ただあの人の顔を見たいってそれだけ。
もう、寝た、かな。明日は出撃だ。ツナも獄寺も寝たはず。雲雀だって寝るって言ってた。本当は眠らなくちゃいけない。それはよくわかってる。明日の戦いに勝って、みんなで過去に、帰るんだから。みんなで、みんなで?

「……誰かと思ったらお前か」

無意識に押していたインターホンに応えてくれたんだろう、扉が開いた。

「せん、ぱ、」
「どうかしたのか」




next→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ