まふぃあ達の日々。


□ここじゃないと駄目。
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上層部会議。各機関との連携。意見調整。ボスの判断。再度意見調整、という名の、上層部の黙らせる工作。
まるまる三ヶ月費やして、帰り着いたら、山本がベットで寝ていた。


(はて)






ここじゃないと駄目。







習い性で気配を消して入ってきて正解だった。ベッドの男は健やかな寝息を立てている。薄明かりの中目をこらすと、パーカーを着ているようだ。
音を立てないよう気を付け、スーツケースを置く。上着をかけてネクタイをほどいて。時折立つ音に、恋人はぴくりともしなかった。

「む?」

部屋着がない。出かける前に、確かにクローゼットにしまったはずだが。見あたらない。さすがに灯りを付けると起こすだろう。代わりに手前にあったシャツとワークパンツに着替えておく。
出張中の洗濯物を抱えて部屋を出る。これだけ家を空けたらほこりだらけだろうかと。思っていたのだが。
廊下の隅に埃が溜まっていなかった。ハウスキーパーを頼んだ覚えはない。洗濯機に衣類を放り込もうとしたら、中身があった。裏返ったまま突っ込んであるシャツは明らかに山本のものだ。――――あいつ、うちに泊まったのか? 本人が寝ているには聞けないので、とりあえず洗濯機の中身をネットに入れ直してスイッチを。この量なら一時間で済むだろう。
さて次は。腹は空いていないのでコーヒーでも。

「………………む?」

棚を開けたら、コーヒー缶が増えていた。ある種の確信を持って冷蔵庫を開ける。はたして、そこには野菜から肉に至るまで。しっかりと食材が補充されていた。出る前に、空にしておいたはず、なのだが。飲み物もスポーツドリンクから牛乳まで多種多様。
コーヒーをドリップする間に歯磨きを済ませて。いれたコーヒーを持って寝室に戻る。後輩は、やっぱり寝ていた。
チェストにカップを置いて。ベッドの端に腰掛ける。触ったシーツは手触りが良くて、三ヶ月放置していたものとは思えない。それは、リネンも毛布も同じだった。なんだ、一体いつからここにいたのだお前は。
肩まで毛布に隠れた後輩の髪を撫でる。手の感触に意識を引っ張られたのか、僅かに身じろいだ。うー、と低いうなり声の後寝返りを打たれる。どうしてくれよう、前にもこんなことがあったような気がするぞ。
それにしても、こいつがこんなにおとなしく寝ているなんて。珍しいこともあったものだ。だいたいオレが来ると跳ね起きるクセに。本当にかわいくない。まあ、かわいいと言ったら全力で否定されるだろうけれど。寝顔は素直なものだ。
時計を見る。まだ洗濯は終わらない。
ころころと寝返りを打つ男の手を取る。自分より低い体温。冷たくなってはいない、今回は大丈夫だったようだ。指先に口を付けると、山本の匂いがしなかった。何なんだ、まったく。

「……せん、ぱい?」
「ああ、ただいま」
「…………おかえん、なさい」

まだ微睡みの中にいる彼が言う。その頬に頬をつけて挨拶を。やはり、この男の匂いが薄い。抵抗のないうちに毛布を少し下げる。と、原因が判明した。

「お前が着るには、サイズが合わんだろうに」

彼が着ていたのは、オレが部屋着にしているパーカーで。後輩はうるさい、と言って毛布に隠れた。この分だと、ズボンも使っていそうだ。
着替えも持たずに来たのか? 返事はなし。答えてたまるかと、顔に書いてある。やれやれ、手を変えることにしよう。

「大量の差し入れ、助かった」

どういたしまして。視線をそらしての返答。差し入れ、というのは少し違ったか。差し入れじゃなかったら、コイツの食料か? 一食分にしては多いだろう量だったが。考えながら、短い黒髪を弄る。
キレイに掃除された部屋。手入れされたキッチン。自分の洗濯物は放り出して。その割にオレの服やらベッド周りはきちんと洗濯をして。おかげで恋人からするのは彼自身の匂いじゃなくてオレの匂い。なんてったって使っている洗剤が同じでは。まったく、気分的には微妙だ。やっと出張が終わって堪能しようと思っていたのに。――――思って。あ。
時計を見る。まだ、洗濯は終わらない。
まどろんでいる後輩の腕を引いて起こす。ぐらついた体を抱き留めれば不満そうな声。しかし、彼の口元が首のあたりに埋もれて抵抗は止んだ。

「なんで、三ヶ月もかかるんですか……」
「上層部会議と各機関連携と、極限に意見調整をしてきた」
「先輩、海外出張多すぎ」

人を放ったらかして。それは注意していなければ聞き逃してしまいそうな、ほんの小さな文句。自分からは抱きついてくることもない男からのサイン。

「すまんすまん。待たせたな」
「べつに待ってません」

ああ、うん、かわいくない。撫でる髪からするのは、自分が使っているシャンプーの匂い。これは本格的に体を暴かないと、この男の匂いはしない事態らしい。なんだって、こんなにオレの匂いにすり替わっておるんだか。
時計を見る。そろそろ洗濯が終わる。カップを置いたまま立ち上がると、後輩が手を伸ばしていた。砂糖もミルクも入っているぞ、言う前に啜った男が顔をしかめている。

「洗濯物を干してくる」

終わったらコーヒーいれてやる。言ってみるが、彼はしかめっ面のままカップを手放さなかった。

「もう少し待っておれ」
「誰も、待ってませんよ。ただ、あんまり長いこと帰ってこないから」

ここならアンタの匂いがあるからいただけ。ちびちびとコーヒーを飲む彼が何の気なしに呟いた。思わず、ドアを開けようとした手が止まる。

「お前。そんなこと思うなら、越してこい」

黒い目が瞬いて、薄闇でもわかるくらいに煮上がった。悲鳴のような声で、変なこと言うな。と。なんだ、来ればいいのに。継いだ言葉に、枕が飛んできた。

「何をそんなに興奮しておる」
「……洗濯物」

ああ、そうだった。今度こそドアを開けて、中を見る。煮えた頭を抱えた後輩は動かない。

「変なことでも、冗談でもないぞ」

少しくらいは考えておけ。言い置いて、中から上がった抗議はドアで閉め出した。さて、今は洗濯だ。
かわいい恋人を構うのは、その後で。









I pray you follow happy days.
20091215 R
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