まふぃあ達の日々。


□不器用な彼の。
1ページ/1ページ



山本が、暗殺の指令を終えて帰った。
それを知って、彼の家に着いたのは夜中。もちろん、構わずに押し入った。




不器用な彼の。







「先輩、今何時かわかってます?」
「午前二時だ」

即答すると、後輩は頭を抱えた。いいですよ、もう。上着をどこかに放り出したらしい彼は、腕まくりをして食事の用意を始めた。献立は、聞くとハンバーグですとのこと。疲れているだろうに、タマネギや挽肉を取り出しているところを見るとタネから作るらしい。手伝うかと申し出ると、いいですよ。ため息混じりに返された。ハンバーグくらい作れるというのに、失礼な。

「せめて、朝来るとか、思いつきません?」

タマネギを切り刻みながらの言葉。よどみなく震われる刃物が、まな板の上を閃く。刀を扱うだけあって、この男は刃物の扱いが上手い。
テーブルの上、頬杖をついてその背中を眺める。
怪我はない。血のにおいはしない。たぶん、いの一番にシャワーだけ済ませたのだろう、髪が湿っている。シャツが所々濡れていた。肩の線はぶれない。少しだけ振り返った彼が、あんまり見ないでくれませんか。文句の形の照れを見せた。よくない傾向だ。

「朝では、時間が空きすぎるからダメだ」
「何がッスかー」
「お前が一人で寝ることになるではないか」

山本はもう一度、何ソレ、と笑った。フライパンに油を垂らす横顔も笑っている。中学の時も、アジトにいる時も、セーフハウスにいる時も、この男は笑っている。その笑い方が気にくわない。自然と寄った眉間のシワを、後輩は空腹ととったらしい。もうちょっと待って下さいね、と。見当違いの声をかけられる。

「お前は、笑うのが下手だ」

楕円形のタネをフライパンに落とす手が、ほんの少し強ばった。赤ワインでフランベして、それを煽る。飲み干す気か、後輩はビンを取り上げるまで飲み続けた。
じと、と横目で睨まれる。その目元は乾いていた。だしらしなく出したままのシャツ越し、背後から腰を抱く。やはり背中が冷たい。きちんと髪を乾かしてから出てこい、言う代わりに首筋に唇を押し当てる。
普段刀を扱う両手は、シンクの縁で拳を作っていた。それが震えている。

「ちゃんと笑えるように、極限泣いておけ」
「……なんでオレが泣くの」
「お前の笑う顔は好きだが、作り笑いは好かん」

体をぴったりと寄せる。自分より大きな体は見事に冷え切っていた。それを、寒いとも言わないのだからこの男は手が焼ける。髪も、肌も、背中も、首も、手も、腹も、足も。こんなに冷たいのに。目を離すと、この体はしょっちゅう体温を失って帰ってくる。いっそ手元において閉じこめておいた方が。良からぬ考えは、けれどよっぽど健康的に思えた。

「オレからも見えん。安心しろ」

なんで、先輩は。オレのこと泣かせたがるの。恨めしそうに呟いて、それきり黙られた。シンクの上にあった両手が、腰を抱く腕に添えられる。きっと爪の先まで白くなっているだろうな、頭の端でそんなことを思った。
食事が終わったら、隅から隅まであたためてやる。項に唇を着けたまま言うと、セクハラだと返された。声は、震えていなかった。それでも、いつもなら腕の中から抜け出す体は。逃げ出すポーズすらない。

「今日は、命乞いする女子供ぶった切ってきました」
「知っておる」
「人殺しって言われちゃいました」

それは、事実だ。手は、己の血で染まる時もあれば他人の血で染まる時もある。
どんなに背中に胸を寄せても、心音は伝わらない。心臓を取り出してその手に乗せたら、幾ばくかでも伝わるだろうか。否、それではこいつは、その後どこでこんな姿をさらせばいい。
やだなあ、何で先輩はタイミング悪いの。そんなものは、このタイミングで来なければいけないとわかっているからだ。何度こうして体温を分け与えれば理解する。何度こうして抱けば理解する。

「だから、報告は明日にしようと思って帰ってきたのにさ。なんで、わかるの」
「どれだけお前の恋人やってきたと思っておる」
「それ、カンケーあんスか?」
「大ありだ、バカモノ」

よくわからない、そう零す彼がフライパンの蓋を取った。蒸し上がったハンバーグを皿に移す手は、やはり危なげのかけらもない。

「できましたよ、せんぱい」

首を巡らせる彼から腕を放す。その手を引かれて、キスを強請られた。唇も、やはり冷たかった。舌も。けれど、

「ここから先は、食事の後だ」
「へぇ、何でッスか?」
「最中に腹を鳴らされては、極限萎える」

真面目な顔で言ってやると、ケラケラ笑われた。ワインが回ったのか上戸が入っている。そんなに弱くないクセに。思ったけれど、それは舌先ちょっとで飲み込んでやった。
代わりに、両頬を包んで引き寄せて。白く息づく目元にキスを。

「やだって言っても、萎えないクセにー」

ほんの少し体温を取り戻した彼が、やっと、見たかった笑顔を見せた。


(そんなに冷たいのなら、何十回でも、何百回でも、何千回でも、)


その不器用な笑顔を、あたため直してやるから。オレが閉じこめたいと思わないように。
少しくらい、お前は素直に、








I pray you follow happy days.
20091207 R
Copyright (c) 2009 【R】 Allright Reserved.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ