多(他)ジャンルの日々。


□Good-sleep,tonight!
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Good-sleep,tonight!



電気やガスの供給のない田舎の夜空は、見事なまでに星が多かった。
黒い帳に散ったその白い点はのような光を、ラビは指折り数えている。
一つの星ごとに、殉職したという探索班やエクソシストの顔を思い出しては、消した。


「コムイ、いい加減にしゃべるさね。無言電話は楽しくねぇさ」


ぱた、ぱた。
控えめに羽ばたいて宙空に留まるゴーレムに、ラビは緩慢に語りかける。
屋外はこれといった建物もなく、声はどこまでも無遠慮に響いていった。
ゴーレムの向こうからは、相変わらず反応がない。だんまりを決め込む相手にラビは隠さずに浅く息を吐く。
放り出していた足をたて、肌寒さに抵抗するように抱えた。マフラーに鼻先まで埋めて、もう一度真っ黒いゴーレムを見る。
宿のみんなは今頃夢の中だろう。パンダはどうか知らねぇが。


「コムイ、コムイ。今何時?」
「………………………………………………二十三時、四十二分」
「うっえ! 微妙な時間さー良い子は寝る時間さね」
「まだ寝ないよ」


やっと帰ってきた声に、ラビは苦笑いした。
驚いたのと感心したのとが一遍にやってきて、どっちを思えばいいのか一瞬悩む。ごまかすために、言った勢いを借りて膝頭に額をすりつける。
声がくぐもったけれど、ゴーレムはすぐにそばまでやってきた。


「ラビも、明日早いんだろう? もう寝なさい」
「延々無言のまま、一時間もいたやつに言われたくないセリフさね。あんたこそ、ちゃんと寝てんの?」
「仮眠ならとったよ。その間にリナリーから電話きちゃって、取れなかった」
「百四十八人、だっけ」
「そうだよ」
「あんたは今仕事中なんさね?」
「ハンコ押してるだけだけどね」


疲れのにじんだ乾いた笑いが、ゴーレムの向こうでした。
気持ちはわかる。
こんな一度に大量の殉職者が出れば誰だって辛い。
百四十八人分の棺を目の前にするのは、いったいどんな気持ちだろう。
ラビは顔を伏せたまま緩く目を閉じた。浮かんだのは、そんなイメージではなく記憶の中の、死んだ仲間達の顔だった。
一人一人の顔はとても鮮明だった。


「仲間の遺体を、故郷に帰したいって言われたさ?」
「よく知ってるね」
「知らなくても、想像つくさね。たくさん死んだんだし、誰かは言い出すだろ。前にもあったし」
「もう、火葬してしまったよ。ミサも終わった」


ラビは目を開けて、のろのろと顔を上げた。
相変わらず外は真っ暗闇だ。こんな中、暗がりに座り込んでいる自分が酷く滑稽で、酷く場違いに思える。

いつアクマがおそってくるともわからないのに、

なんて、無防備な格好のまま考える。
それでも、立ち上がる気にはなれなかった。
少しでも動けば、
立ち上がれば、
終わる。
それでこの通信も、コムイの心の痛みを曝す時間も、終わる。
終わる機会を与えてしまう。

(何が、怖いんだ、あんた、)


「コムイ、コムイ」
「うん、何だい?」


星は、手が届きそうな位に輝いている。
仕事中ということは、コムイも同じものを見ている可能性はあった。
だから、ラビは夜空を馬鹿みたいに見つめ続ける。


「星は見えるさ?」
「……そうだね、今日は特別きれいだ」
「部屋はちゃんと暖かくしてるさね?」


コムイが困ったように笑った気配がした。いつもは自分が年端もいかないエクソシスト達に言って聞かせていることだからだ。

(怖いなら、せめて夢の中では)

ラビは団服のコートに足を縮めて何とかつっこんだ。
襟を立て、なるべく口元が冷えないようにする。
ゴーレムの向こうで、コムイがの予想のつかないラビの行動にとまどっているようだ。かけられる声が、少し震えている。


「疲れたから、ここで一眠りしていくさ。コムイ、何かもっとしゃべってて」
「ちょ、ちょっと。部屋に戻って寝なさい。風邪引くよ」
「もう十分冷えたさね」


わざと険を含んだ声で言うと、コムイはわかりやすくひるんだ。


「何でもいいのかい……?」
「おう、何なら歌ってもいいさ」


どうせこの人は、俺の前では寝ない。
俺と会話した後に休憩なんてとらない。
ならばせめて、

(夢の中はとりたてて怖くはないさね)

あんたの声で、気持ちのよい微睡みに落ちる人間がいることを知ればいい。


そうして、
いつかは言ってやろう、


おやすみなさい、幸せな夢を。


囁くようにこぼれたコムイの声を最後に、ラビは短い夢へと落ちた。



おやすみなさい、おやすみなさい、
どうか、どうか、どうか、
今だけは幸せな夢を、

I pray you follow happy days.
20091127 R
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