少年達の日々。


□雛恋
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先輩がウチに泊まりにくるのは、珍しい事じゃない。
風呂上がりにココアを入れて部屋に戻り、先輩にカップを渡して。ふと窓を見たら。
クロームが乗り込んできた。

「笹川了平、ちょっと顔を貸しなさい!」

訂正、骸が憑依してた。
それにしても、骸的にそんな取り乱した顔はアリなのかとか、思ってみたり。


(スカート姿で窓枠乗り越えんのやめてくんねぇかな)




雛恋







「もう夜更けだ、あまり騒ぐものではないぞ」
「騒ぎたくもなりますよ! 貴方は自分の妹にどんな教育をしているんですか!」

雛のような声で、骸が叫ぶ。
どうやら彼(外見はクロームでも中身は骸だからややこしい)は先輩にだけ用事があるらしい。ので、俺は自主的に窓際に避難した。親父とは部屋が離れているし、疲れてるだろうから多分起きてこないだろう。
骸はすごい剣幕で先輩に詰め寄っていた。先輩の方はといえば、不思議そうに目をすがめて骸を見返すだけだ。

「クレープ、何をそう取り乱しておる。今日は京子の部屋に泊まっているのではなかったか?」
「六道骸です!」

クロームの姿のままの骸は薄い胸を精一杯張っている。細い眉を寄せて先輩を睨む様は、一見すると兄に反抗する妹のように、見えなくもない。
一向に動じる気配もない先輩に、骸は歯噛みした。イメージ壊れるからやめて欲しい。

「なあなあ骸、なんで実体化してないんだ?」
「良いところに気付きましたね山本武! 今日はクロームの姿でなければならないんですよ!」
「なんで?」
「ここ! よく見て下さい!」

でっかい目を怒りに光らせた骸が指したのは、白い項。クロームは髪も短いから、その白い首筋は無防備に曝されている。
膝でにじり寄ってみると、項のちょうど真ん中あたりに赤い点があった。

「? あ、何、虫さされ?」
「見た事ないんですかお子様は! キスマークですよ!」
「な゛っ」

山本の見えない所に付けているから見えないのだ、と言ってのけた先輩の口を大あわてで塞いだ。

「ふむ、なぜ京子の部屋に泊まっていたクレープにそんなものがついておるのだ?」

腕組みをして首をかしげた先輩に、骸はその白い指を突きつけた。
まだ熱いココアを口に含んだ瞬間、

「貴方の妹が付けたんです!」

骸の叫びに、盛大にむせてしまった。

「おい、山本。大丈夫か?」
「は……はい、や、ちょ、笹川妹がクロームにって、え、えええええええ」
「僕だって叫びたいですよ! かわいいクロームに何てことしてくれたんです! 監督不行届です!」

あぁ、だからクロームのままなんだ。
俺はやっと納得できたけど、先輩は依然として動じてすらいない。やる側だからッスか、今度付けてやったらどんな顔してくれますか。

「で、クレープがそれを嫌がったのか?」
「僕のかわいいクロームはキスマークなんて下世話な物知らないんですよ!」
「嫌がっておらんのなら問題なかろう」
「あるから貴方に説教してるんです!」

脱がされかけたんですよッ。気色ばんでいる彼の首に、とりあえず絆創膏を貼ってやる。雛のようなさえずりが止まって、瞳を大きく瞬かせた骸が俺を振り仰いだ。

「おや、見かけに寄らず気が利きますね」
「はは、そのままにしとくわけにもいかねぇだろ?」

自分で貼って欲しかったんだけど、見えない位置だから仕方ない。先輩の白銀の目が、据わった。うう、勘弁して下さい。
クロームの首は細いし、先輩は目に見えて機嫌急降下だし、俺逃げ場ないし。


(笹川妹が痕つけたってことは、つまり、そういう、事だよな)


なるべく2人から離れて座る。
この問答はいつになったら終わるのか、ちょっと俺でははかりかねた。ぺったりと壁に背中を付けて目を閉じる。
先輩と同じく首を突っ込む気なんてないし。

「お前も早く戻ったらどうだ、クレープ。京子が心配するぞ」
「言われなくとも帰りますよっ!」
「自宅に帰るのか? 荷物を持っていないようだが」
「誰が自ら魔窟に飛び込みますか!」

何されたのか聞きたいような聞きたくないような。
ポケットで震えた携帯を取り出すと、件のクラスメイトからメールが来ていた。
メールの本文は漢字変換もされていない。焦りがこちらにも伝わってくる。かこかこと返信を作り、送信。さて、と立ち上がる。

「先輩、俺クローム送ってきますね」
「なぁ!? ついに頭わいたんですか! この話の流れでどうしてそう帰結するのです!」
「だって、ホラ。いくら強いからってクローム女の子だし。夜道危ないじゃん」
「問題はそこではなく!」
「ダイジョーブ、笹川妹にちゃんと送るって、言ってあっから」
「全然大丈夫ではありません!」

まーまー、と表面は笑顔で流して細い腕を掴む。引き上げるのは、恐ろしくたやすかった。何するんですか! と気色ばむ相手に、

「あまり騒ぐようなら俺が肩に担いで送り届けるが」

先輩が投げた一言が、場を沈めた。


(そりゃあ、心配する気持ちもわかるけどさ)


他人の恋路に首を突っ込んで馬に蹴られたくは、ないものだ。
雛鳥は雛鳥同士、恋を囀っていてくれ。





I pray you follow happy days.
091111 R
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