研一妄想小説


「イエローキャブ」
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翌日、午後4時。

僕は休日だというのにわざわざホテルに出向くはめになった。

「おう。ユウジ!!待ってたぜ。」

グレッグに呼ばれたからだ。

「で?どうだった?彼女、夜出掛けちゃたか?」

耳もとで小さな声で聞く。

「い、いや。昨日は出かけなかったよ。」

「マジかよ!じゃあ、楽しんだんだな?ユウジ。どうだった?イイ身体してたか?ん?」

「ま、まあな。」

「まあな、って。それだけかよ!ちっ。これだからアジアンは困るぜ!今日は俺が夜勤だからな。頼むよ〜、今日も出かけないでくれよ〜。」

グレッグはもっと聞きたくて仕方ないという顔で僕を見たが、仕事が入った様だ。

「あ、ユウジ。もうちょっとここにいろよな、続き聞かせてくれよ。なっ?」

と言って消えていった。


一人残された僕は、なんとなくエレベーターに乗った。

そして、彼女の部屋の階で降りた。


午後の客室は静かだ。

僕は好奇心から、いや、恋心から彼女の部屋をノックした。


(コンコン。コンコンコン。)


彼女が部屋にいることはグレッグから聞いて知っていた。

しばらくして、

「はい。」

と声がした。

「あ、あの。フロント係りの者です。」

僕は勤務中ではないが、そう答えた。



彼女は僕の顔を覚えていたので、すぐにドアを開けてくれた。

「はい、何か?」

「あ、お休み中のところ失礼します。あ・・・あの・・・今度のお部屋は如何ですか?」

「ええ。とても広いお部屋でステキです。でも、いいのかしら。」

「いいんです。今は誰も利用客がいませんから。あ、あの〜。。。」

「はい?」

「失礼ですが、日本の方ですよね?」

「は、はい。そうですが?」

「あ、すみません。突然に。じ、実は僕も日本人でして・・・・・あの。。。」

「え?そうだったんですか。英語がお上手なのでちっともわかりませんでした。」

「は、はい。。。あの、僕、日本にとても興味があって、大学では日本文化の研究をしています。滅多に日本の方がこちらに見えないので、チャンスだな・・・と思って。。。。突然で申し訳ないなと思ったんですが・・・・。」

「そうですか〜。」


(彼女にとって、僕は割と好印象のようだ。)


「も、もしよろしければ、お時間がある時に日本のことを教えていただけないでしょうか?」

僕は思い切って尋ねた。

「あ、ええ。いいですよ。どうぞお入り下さい。」

「え?!」


僕はビックリした。

まさか女性一人で宿泊している部屋へ招き入れてもらえるなんて思ってもみなかったからだ。

「い、いいんですか?」

「ええ、散らかってますけど。ここのボーイさんなら安心ですし。」

そう言って彼女は僕を部屋へ招いてくれた。

モニターのこともあるので気が引けたが、今の時間はグレッグもモニターを見れる状況ではない。

僕は思い切って部屋に入った。



「あ、あの・・・僕、ユウジと言います。ユウジ・ミワ。」

「え?苗字も日本名なんですか?」

「はい。両親は日本人ですから。小学五年からずっとここで育ってきました。貴女はナオミさん、ですよね?」

「な、なんで名前を?」

「僕はここの従業員ですから(笑)」

「あ、そうですよね。ユウジさん、日本語は?」

「出来ます。」

「そうなんですね。」

彼女は日本語でそう言うとニコリと笑った。


(あぁ、ナマの日本語だ!!)


僕は興奮した。

僕は両親以外とは使わない日本語で、彼女と話を始めた。

「実は、今日は僕は出勤日じゃないんです。」

「あ!日本語。」

「はい。両親以外と日本語で話すことなんてないのですが、僕の日本語可笑しいですか?」

「いえ、完璧なのでビックリしているんです。今日は、お休みなんですか? あ!どうりで制服着てませんね。」

「はい。休みだったんですけど、用事があって。」

「そうですか。」

「あの、こちらへは一人で?」

「え、ええ。」

しばらく沈黙が流れた。


(聞いてはいけなかったかな?)


「実は・・・・・。」

彼女がポツリと口を開いた。

「彼がここに住んでいるの。」

彼女は顔を少し曇らせてそう言った。

(彼氏か〜。。。)


「そうですか。プライベートなことを聞いてしまったみたいですみません。」

「え?いえ、いいの。でもね、一昨日・・・・振られちゃった。」

彼女はチラっ僕の顔を見て、すぐに下を向いた。

僕はそんな彼女にドキっとした。


(だから昨晩は一人で部屋にいたんだな。)


「ごめんなさい、僕、なんて言ったらいいか。。。」

「いいの。私も気晴らしに誰かと話をしたかったし。」

そう言う彼女の肩に僕は手を置いた。

彼女はキラキラした瞳で僕を見上げる。


(あっ。)

その訴える様な顔に、僕はドキっとしてしまう。

「その彼はきっと、貴女にはもったいなかったんですよ。」

僕がそう言うと、彼女は

「ユウジさん、優しいのね。」

と言った。
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