駄文(長編・中編)

□地下三階
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「―――あぁ…。だから今晩も残業で遅くなりそうなんだよ」



ヒカルは電話を片手にパソコンと向かい合い、キーボードに数字を入力していく。

パンッと勢いよくEntarキーを叩くと、椅子にもたれ掛かるように座り、体を伸ばした。


「あ?だから悪いって言ってんじゃん。……仕方ねぇだろ、オレだってイヴまで仕事したくねぇけどさぁ…」


電話越しの相手がため息をつき、ヒカルの体を心配し始めた。


ふと周りを見渡せば、そこは誰もいないオフィス。


広々とした空間には所狭しとデスクが並び、照明も半分ほどしかついていない。

窓から外を見ると、闇夜に白く優しい雪が降り始めていた。


高層ビルが立ち並ぶオフィス街の明かりは殆ど消えており、みな仕事を片づけて恋人や家族とクリスマスイヴを楽しんでいるに違いない。

ヒカルはデスクの足下に置かれた鮮やかに飾り付けされたプレゼントを見た。


「……ごめんな、佐為。とりあえず終わったらすぐプレゼント届けるから。…虎次郎は寝ちゃってるだろうけど…」


恋人のいないヒカルは、毎年兄の佐為一家と共にクリスマスイヴを過ごしている。

今年で6才になる甥の虎次郎の為に品薄である人気ゲームを今夜プレゼントするつもりだった。

方々手を尽くしてようやく手に入れた貴重なプレゼントを見つめながら、虎次郎の喜ぶ顔を思い浮かべて。

しかし、いざ帰ろうとした時にハプニングが起きた。

ヒカルの部下である新人がトラブルを起こし、明日までに新しい企画書を2パターン用意しなくてはならなくなったのだ。


さすがのヒカルも戸惑いを隠せなかったが、クライアントあっての仕事。

落ち込みまくる部下を励まし、その仕事を引き受けてしまった。


ゆえにイヴであるにも関わらず、ヒカルは一人職場に残って仕事を片づけていた。

ビルの中には夜間警備員とヒカルしかもう残されていない。

泣きたくなる気持ちを抑えて、ヒカルは再びパソコンに向き合った。


「とにかく終わったら電話するから。…あぁ、じゃあな」


電話を切ると、オフィスには静寂が戻る。

普段は騒がしいくらいに電話応対やパソコンを打つ音が響く場所が、何だか別世界に感じた。

コーヒーを飲みながら時計に目をやると時刻はすでに九時を越えていた。


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