※本誌ネタバレ注意














それは遠い記憶だった。規則的に置かれた街灯と、その光に霞む貧弱な夜空。どこか遠くに行こうと囁けば、温い肯定が沈黙と共にやってきた。









体を丸めてもおぼつかない足元が、あるはずもない隙間風に震えて、暖かく包んでくれる布団が頼り無くなる。

「小高い丘でお弁当を食べよう」
「……ん」
「ギルが、お昼を作ってね」
「がんばる」

眠れず何度も寝返りをうってはヴィンセントにぶつかり、ごめんなさいごめんなさいと繰り返すのには飽きていたので、二人して明日の予定をふくらませていた。相手の体温を感じながら話すというのはなんだか新鮮味、というか、どこか緊張感があって不思議だった。

「ヴィンセントは何が好き、なの?」
「ギルが好きなものがすき」
「ヴィンセントが好きなものがすき」
「どうする?」
「どうする?」

ふふ、と二人で笑いあった。相手の顔が見えないのが不安でもあるが、それもまた想像力を働かせるのが面白くて。ゆるりと掌を胸元に寄せれば、もうひとつの掌がそれを包んだ。

「雨じゃなきゃいいな」
「そうだね」

そしたらそこで何して遊ぼうか、とまた想像力を働かせて笑いあう。すると唐突に腕をひかれて、光という光すべてが闇に溶けた。腰を抱きすくめられて身動きができない。ぞくり、と実の弟に覚えるべきものでは到底ない感情がぴりりと背筋を走った。首筋に顔を埋められて、自分のものではない匂いに少し怯える。

「び……せ、と?」
「…ピクニックってさ、こうしてるときが一番楽しいんだ」
「……え…?え、ぅえ、」
「ああしようこうしようって想像してるときが一番楽しくて、実行するときはどうしても理想との差に…」

あ、いや、なんでもない、と誤魔化されたけど、解放するつもりは無いらしい。言葉が紡ぎ出される度に吐息が首筋をかすめて頭がぐらぐらした。煮詰まったような音が正しいだろう。ふぅ、と突然息を吹き掛けられて、涙目になりつつ声をもらす。

「ふあ」
「あ、ごめんね」

誠意の感じられない謝罪に少し腹がたったので、胸元をぐいっと押して唇を尖らせた。

「……離れてくれないと眠れない」
「ぼくはくっついてないと眠れないんだ」

じゃあいつもは不眠症よろしく二十四時間フル稼働なのかと問いたくなったが、だから静かにね、と耳元で仰々しく囁かれてもっと強く抱き締められたので断念した。

「ぼくね」
「…………」
「ギルがすき」

ぼくも、と言おうとしたが、ギルのそれとは違うんだよ、と言葉を遮られて、黙りを決め込むかたちになってしまった。

「伝えて、叶ったとして」

するりと頬に温かなものが触れた。

「ギルと愛し合って」

刹那、唇から伝染病のように恐ろしいスピードで蹂躙した冷たさで、肩がびくりと跳ねた。ずるりとした感覚。

「どうしようか」
「どうなるのか」
「どうすればいいか」
「わからないんだ」

小刻みに震えるヴィンセントに、大丈夫、と告げた。










明日は晴れますように、と布団に潜り込んで窓を見れば、くすんだ空がぼくらを見下ろしている。だってヴィンセントの思いなんて伝わるわけもないもん、と吐いた息は白くて、すぐにふわりと霧散した。






ぼくは声が小さいから、空には願いが届かない。明日は雨だと目を閉じた。







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幼少時は二人で一緒に寝てろばかぁ!という話です



素敵な企画ありがとうございました。

璃黒拝(http://id9.fm-p.jp/106/EDENRINGO/)




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