ふわり、漂う
甘い香りに誘われて
【甘い匂い】
いつものようにブレイクは戸棚を通って部屋に入った。別に普通に入ってきても構わないのだが、それをしないのは彼が毎回面白い反応を起こしてくれるから。
後すざりしたり時には持っていたマグカップを落としたり…見ていて飽きない、面白い、それだけの理由につきる。
しかし部屋の周りを見渡して、ブレイクは首を傾げた。楽しみにしていた反応が返ってくる所か、部屋にギルバートの姿がない。
色飾る黒と金色が部屋から欠如しているのだ。この時間帯は大体ソファーに腰掛け煙草を嗜んでいるかコーヒーに舌鼓をうっているかのどちらかだと思ったのだが、どうやら予想は外れたらしい。
(今日は出掛けているのだろうか…)
そう思い仕方なく、もと来た道を引き返そうとした時―
ふわり、甘い香りが鼻を擽った。甘い香りを漂わせているのはどうやらキッチンの方から、次にスポンジを焼く香ばしい香り
香りに誘われ足を踏み入れると、そこに探していた色飾る黒と金色の姿があった。緩くウェーブがかかった黒髪を纏め、エプロンを身にまとっているギルバート。
ブレイクはこちらに気付いていないギルバートを後ろから抱き締めた。突然、抱き締められたギルバートの体が大きく跳ねる。
「こんな所にいたんですネェ、探したんですよ?」
「ブ、ブレイク!?って…い、いきなり抱きつくな!うっとうしい!!」
「えーいいじゃないですかー、あと抱きついてるんじゃなくて抱きしめてるんデス」
「知るか!どっちでもいいからさっさと離れろッ」
抱き締められているのが嫌そうにギルバートは体で身動きをとる。
力をこめて抱き締めてはいないのだから解こうと思えば簡単に逃れられる、それでも無理やり解こうとしないのは心の底から嫌がっている訳ではないからだろう。思わず笑みが零れる。
…そんなギルバートがたまらなく愛おしい
トレイの上に置かれている焼きたてのスポンジとホイップがブレイクの視界に映る。
「ああケーキ作ってたんですカ、どうりで甘い匂いがすると思ったヨ?」
こんな時間に作ってどうするつもり何でしょうね、ブレイクはギルバートを見て口角を上げた。
何の為か、分かっているくせにわざわざ彼に言わそうとしている自分は本当に意地が悪いと思う。だがそれ以上にギルバートをからかいたくて仕方がないのだ
ちょっとした悪戯に、冗談に弄ばれる君が……可愛いすぎるから―
抱き締められているギルバートの頬が赤く染まる。
「べ、別に……お前の為に作ったんじゃないからな!!」
「オヤァ?私はそんな事一言も言ってないんですけどネー、」
「ッ!そ、それは……」
そう言って軽く止めをさすとギルバートは言葉を詰まらせ、顔を伏せる。
耳まで真っ赤に染まり左耳のイヤーカフの色だけが浮かび上がるように違って見える。それを耳と同時に舐めとる、冷たい金属の感触と対象的な舌に残る熱さ
そしてふと擽った、首筋や髪から香る……甘い匂い―
ギルバートの使っているシャンプー、独特の煙草の残香が酷く頭を麻痺させる。
例えるなら中毒性の強い毒のような、その甘さに存在に強く惹かれてしまうのだ
「本当に君はなんでこんなに『甘い』んでしょう?ケーキよりも甘くて……」
(狂わせるくらい私を魅了する―)
ぎゅっと力を込めて抱き締めると更に強く香る甘い香り
その甘さを感じながらブレイクはゆっくりと眼を閉じた