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□suimei
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懐かしいのかも、そうでないのかも分からない。
ただ、こうして見上げていると自分がしようとしていることは途方もないことのように思えてくる。

「……翠明?どうかしましたか?」

「いえ、宋院老師。ただ、少し感慨深いだけです。ここへ足を踏み入れるなどと、想像もしておりませんでしたから」

ぼんやりと白亜の塀を見上げていた翠明は、無表情に応えた。
傍らの老人は、そんな翠明の態度も慣れたものなのか好々爺然とした微笑を浮かべ、頷いてみせる。

「私もこんな年になってここを訪れる日がこようとは思いもしませんでしたよ。君にも付き合わせてしまい、申し訳ありませんでしたね」

「私はまだ老師から教えを乞わねばならないことは際限なくありますから。そのように仰っていただく必要はございません。この度のことも、私にはよい機会であると思っておりますよ」

「それならば良いのですが……、それにしても、まだ先駆けの遣いは戻りませんか」

ふう、と額に浮かんだ汗をぬぐって、宋院が尋常ならざるほどの大門を振り仰いだ。
門番に訪いを伝えてから一時間。
書状も、身分も明かしたにも関わらず、未だ宋院と翠明にその門を潜る許可は下りていなかった。

「清浄塔居林は瀞霊廷でも禁踏区域になっていますから、書簡を届けるのにも時間がかかるのやもしれません。ですが……日時も伝えていたはずですのに、確かに遅うございますね」

本来、宋院の立場を鑑みればこのような処置を取ることすら不逞ではないだろうか。
行李に腰掛けた翠明は照りつける日差しを忌々しげに見上げ、次いで木陰に休む宋院を気遣わしげに見遣った。

「老師、やはり門番に小屋を借りさせてくれるよう頼みましょう。このままではお体に障ります」

「大丈夫ですよ、門番の……何と言ったかな、あの大きな彼にとっては瀞霊廷からの応答がなければ我々はただの老人と若者にすぎません。それよりも、君のほうこそ、その行李は置いておいて、こちらで休んだ方が良いのでは?」

「これは老師の貴重な書簡を納めておりますので。盗まれたり損なわれても大事ですし、私は一向に構いません。ですが老師はせめて薄物を羽織って日差しを……」

荷物を運んでくれた人足は、門に差し掛かったところで帰してしまった。
話によれば、荷物を運ぶ為に数名の人手を派遣してくれると言うことであったし、こうまで待たされるとは思ってもみなかったためにしたことではあるが、こうなると分かっていればもう少し気の利いたところまで運ばせるべきだったかと後悔する。
しかし、もうひとつ並べた私物や私服を詰め込んだ行李から、老師の着物を取り出そうと翠明が腰を上げかけたその時、門番の慌てたような声と共にそれまで頑なに閉ざされていた門が内側から大仰な音を立てて開かれた。

「やれやれ、ようやくお迎えの方がお越しくださったようだ」

「些かならず、遅い登場ではありますが」

ふん、と鼻を鳴らした翠明に宋院が苦笑したところで、開かれた内側から数名の人影が駆け寄ってきた。

「大変お待たせいたしまして申し訳ありません、宋院書尹と書士の方でいらっしゃいますね」

その漆黒の死覇装を見て、翠明は目を眇めた。
迎えと言うからにはてっきり内部の者を寄越すと思っていたのに、現れたのは死神か。
どうでも権威を振りかざすのが好きらしい。

「そうであるから、貴方は我々を迎えにいらしたのではないのですか?こちらは書状もお出しして、名も明らかにしております。今更問われるべきこととも思いませんが」

「……失礼、いたしました」

翠明の冷たい声に、迎えの男が憮然とした表情を浮かべる。
しかし、炎天下を待たされた身としてはこれくらい言ってやらねば気がすまない。
もうひと言、と口を開こうとした翠明を、しかし、傍に歩み寄った宋院が窘めた。


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