Claps

□聖夜狂騒曲
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聖夜狂騒曲





「……で?」

執務室でとんとんと書類の端を整えながらの俺の気のない言葉に、松本は唇を尖らせてぷうと頬を膨らませた。
その子供っぽい仕草に、ときめくでもなくうっそりと眉を寄せながら俺は整えた書類を文箱に片付ける。
この仕事をサボることにだけは全力を注ぎ込む副官にこれまで幾度悩まされたことだろう。
師走も半ばを越えたこの時期に、何とか残業もせずにいられるのは偏に自分の努力の賜物だ、と内心で吐息する。

(何だかんだ言いながら乱菊ちゃんに甘いから)

そう言ったのは先日の隊長だけの忘年会で、横に座った京楽だった。
言われなくてもそんなことは分かりきっているが、松本を追いかけて無駄に時間を費やすよりもさっさと自分で仕事を片付けてしまった方が早い。

(……とか言いながら、仕事を片付けた後に乱菊ちゃんを追い掛け回してるんだから、どっちが目的なんだか)

という反論はすっぱり無視をしておくに限る。
すっかり執務卓の上を片付けて、終業の支度を済ませた俺が松本に向き直れば、松本は詰まらなそうな顔はそのままに、まだそこに立っていた。

「んだよ、まだ何か言いたいことあんのか」

「たいちょったら、ほんっとにノリが悪いんですもん。いいじゃないですかぁ」

「……断る」

すっぱりと切り捨てると、松本はばん、と執務卓に両手をついて、俺の眼前にその凶器とも言わんばかりの胸を迫らせた。
いや、正確には顔を寄せてきたのだが、未だに松本の胸元ほどしかない俺と松本では身長に違いがありすぎて、座っている俺の視界はほとんどその白い胸で占められる。
この妙にさわり心地のよさそうな胸が何とも腹立たしい。

「だって一年に一回だけですよぅ、こんな楽しいこと」

「一年に一度だろうが二度だろうが、断固として断る」

「けちー」

「けちとか、んな問題じゃねえだろ。どうして俺がそんなこそ泥みたいな真似しなきゃならねえ」

「こそ泥じゃないですよ、ひっそりと忍び込んでプレゼント置いて来るんだから。別に何か盗むわけじゃあるまいし」

仕事もせずに今日もふらりとどこかへ出かけていた副官は帰ってくるなり大荷物を執務室に置いて、クリスマスをしましょう、と言い出した。
死神にクリスマスも何もあるか、と言ったのだが、都合の悪いことには一切耳を貸さない副官は、その言葉も華麗に聞き流しやがる。
日頃の感謝も込めて、と嘘くさく言いながら、各隊の副隊長の面々へ用意したプレゼントで執務室は埋まっている。
……お前、先月借した金、まだ俺に返してねえだろ。

「なんか渡したいものがあるんなら、本人に直接渡しゃいいじゃねえか。なんで西洋の赤服じじいの真似事すんだよ」

「楽しいからに決まってます!!!」

断言されて、そこでそうか、と納得しては松本の思う壺。

「アホらしい……俺には関係ねえ」

「ふーんだ、いいですよぅ。それならあたし一人でみんなの家にプレゼント届けに行きますから」

ちょっと、待て。
聞き捨てならなさに俺はぴくりと眉を上げる。
一人でって……檜佐木や射場のとこにも夜中に忍び込むつもりか。

「ですけど?」

お前……普通、好きな女が世間では恋人たちの日みたいに言われてるその夜に忍び込んできたら……なぁ?
もし、相手が目を覚ましたら、なんてことは考えねえのか。
俺は考えた、色々と。
様々に計算し、翌日の仕事に差しさわりが出るとか、もし見つかったら一生モノの恥だとか、そりゃあもう、色々。
しかしながら、どうあっても出てくるのは一つの選択肢しかなくて。
どうせ、どんだけ止めろといっても松本が聞くはずがない。
それなら、誰がこいつがやり過ぎないように監視するか(檜佐木やらコバエを追い払うか)って言えば、仕方がねえじゃねえか。

「……今年だけだからな」

来年はこんなこと考えてくれるなよ、と仕方なしに呟いた俺の首に、喜び飛びついてきた松本にぐらぐらと揺らされながら、俺は深々と溜息をついたのだった。




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