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□落月花影【L】
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「……っん、あっ」

びくりと身体が震えた瞬間、自分の内側からずるりと市丸のものが引き抜かれる。
そうして腹部にぱたりと散った熱と、それが肌を伝う感覚に松本は眉根を寄せた。

「乱菊……」

歌うような市丸の声。
荒く息を吐き出すのは松本のみで、市丸は満足そうな吐息はつくものの汗ひとつ浮かばせることはない。
これで吐精しているのだから感心する、と松本は重ねられた身体を受け止めながら目を伏せて苦笑した。
その拍子に、つくんと右肩に痛みが走る。
死覇装を身体の下に敷いてはいたが、それでも行為が熱を帯びればそこに構ってなどいられなくて、くしゃくしゃになった死覇装からはみ出た肩には力任せに押さえつけられた痣と、石床で擦った傷が赤く色づいている。
かすかに顔を顰めた松本に気がついたのか、市丸が視線をそこに向ける。

「ああ、傷がついてもうたね……」

そう言って、市丸は松本の肩に口付けを落とした。
そのまま、ゆっくりと痣を舐め取ろうとでもするかのように舌を這わせる。

「……ん、ギン……」

「なんで、乱菊は壊れんのやろ」

力任せに、乱暴に、自分勝手に抱いても、市丸を拒まない松本を心底不思議に思うように市丸が呟く。
その邪気のない声に、ひどく心を痛めながら松本は市丸の背に腕を回した。

「これくらいで、壊れるわけないじゃない」

馬鹿ね、と閉鎖された空間にいるはずなのに何故かいつまでも衰えない筋肉の筋を辿った松本の肩を舐めていた市丸が不意に歯を立てた。

「……っ」

強く噛み付かれて、松本の肌からは薄く、血が滲んだ。
上げそうになった悲鳴を、奥歯を噛み締めて堪える。

「痛くないん?」

「……痛いに決まってるでしょ」

何てことしてくれるのと言いながら、それでも背に回した手をはずそうとはしない松本の傷をぺろりと舐めて市丸が首筋に額を擦り付けた。
細い銀の髪が頬をくすぐるのをどこか他人事のように受け止めながら松本は目を伏せる。
どうして彼が自分を抱くのかが分からない。
初めてここを訪れたときに、理由を問われて大切だから、と答えた。
それは松本にとって心からの言葉で、偽りなどはない。
だが、伸ばされた腕を拒まずその身を任せた松本を市丸は何か試すように酷く抱いた。
歯を立て、押さえつけ、自分の思うさま。
そうして、顔を歪ませる松本の表情を観察するかのように見つめる。
しかし加虐的な行為に身体が怯えても、松本は市丸の手を拒むようなことはしなかった。
ひとたび拒めば、きっと市丸との間に空いた溝は埋まる術を失う。
今でさえそれが埋められているとは思えないが、それでも松本はその掌でかろうじて掴んでいるような市丸との繋がりを切りたくなどなくて。

「壊れないわよ、あたしは……壊れない」

「……時間や」

松本の声を遮るように市丸が呟く。
それと重なるように、誰かがここへと下りてくる足音。
視線を動かして、松本は吐息した。
もう、時間らしい。

「また、来るわ」

「次は許可が下りへんのとちゃう?」

「……下りるわよ、大丈夫」

急いで死覇装を着込む松本を、市丸はぼんやりと見上げている。
その視線の中に情は、あるだろうか。
市丸に、心をあげられているだろうか。

「松本副隊長、お時間です」

腰帯を締めると同時に声がかかる。
まるで見計らったようなその声に、市丸がふと笑った気配がした。

「……ギン?」

「何でもあらへん。はよ、行き」

暗闇から現れた檻理隊の隊士が、檻の扉に手をかける。
その瞳が一瞬市丸を捉え、すぐに逸らされた。
感情のないはずのその目に浮かんだ、確かな恐怖を見て松本は瞼を伏せた。

「じゃあ、またね」

そう言っても、市丸は笑みを浮べたままで答えることはない。
それは毎回のことで、松本はしばし市丸の言葉を待ってはみたが、一向に返されない返事に諦めの吐息をついて扉を潜った。
隊士の後ろを歩きながら、ちらりと出てきた檻を振り返る。
市丸はその乱菊にへらりと笑って手を振った。
また、数ヶ月誰ともまともに顔をあわせることはないのに、それに対する怯えもない。
笑い返すことも出来ずに、松本は市丸の姿が闇に消えるまで何度も振り返り続けた。
まるで、それが義務だとでも言うかのように。


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