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□落月花影【L】
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真っ直ぐに、人が流れる往来を抜け、二番隊の隊舎の塀を横に見ながら少しずつ道を細める先を行けば唐突に塀が色を変える。
石造りに鬼道で二重に閉ざされたそこには鋼鉄製の門があって。
そこに立つ門番は松本の顔を見てもなにも言わない。
ただ、儀礼からは一寸もはみ出さない丁寧さで頭を下げると、人目を避けるかのように松本を中へと通した。
持っていた書類を砕蜂に届けるように伝え渡し、両手をゆっくりと広げる。
そうすれば門番の手が、松本の身体を探るように這い回った。
斬魄刀は隊舎に元から置いてきている。
それ以外に身につけたものは下着と死覇装くらいで。

「結構です、どうぞ」

松本が何も凶器になりそうなものを持っていないことを確かめて、門番が先を示す。
地下特別監理棟、通称「蛆虫の巣」。
巨大な堀の向こうに見えるその施設の存在を、松本が知ったのは7年前。
掛けられた橋を渡って、再度武器の携帯を確認されてから中へと促される。
先を行く檻理隊の隊士に付き従って地下へと降りた松本は、その先に広がった光景にかすかに眉を寄せた。
自堕落に宙を見つめる者。
一心不乱に壁に話しかける者。
黙々と己の拳を壊そうとでも言うかのように机に叩きつけている者。
霊圧を抑え、気配を消して歩いて彼らを刺激しないようにすることももう慣れた。
しかし、狂気の淵、と言うより狂気に身体を浸しているような者たちは、いつ見ても気分のいいものではない。
時折上がる咆哮のような叫びを背に聞いて、松本は小さく吐息した。
こんな気分の悪い場所に長居はしたくない。
しかし、彼女の目的はその先にあって。

「では、松本副隊長……」

地下深くへと降りた所で、隊士が振り返る。
漆黒の覆面から覗く、感情のない目に促されて松本は両手を差し出した。
手首に回る、冷たい感触。
その腕輪のようなそれを嵌めた瞬間に一瞬呼吸が止まるような息苦しさを覚えた。

「……っ」

「問題は?」

「……な、いわ。大丈夫だから、通して頂戴」

特注の霊圧制御装置。
それを纏わなくてはならないのは、お前を信用していないのではなく、余計な疑いをかけられないようにするためだから、と言ったのは日番谷だった。
しかし、それが苦し紛れの慰めだと、松本は知っている。
疑われても、仕方がない。
奥へ向うほど闇を濃くするその先にいるのは全てを裏切った男。
敵も、味方も、世界の全てを裏切って、その闇の深さゆえに処刑されることすら忌避された男が、松本の訪いだけは拒否しない。
そんな彼の遣り様と、自分と彼の関係を思えば疑いたくなるのも道理だと、松本は自嘲しながら足を進めた。
視線の先には鋼鉄製の檻が見える。

「では……いつものように二時間後にお迎えに上がります」

隊士の言葉に頷いて、松本は檻に手を伸ばした。
檻の内に囚われるのは一人の囚人。

「……久しぶり」

彼は松本の声に俯けていた顔を上げると、ふわりと笑った。

「そうでもないやろ。二ヶ月ぶりや」

その前は半年開いた、と。
なんでもないことのように彼は言うが、ここを訪れるのは松本だけ。
二ヶ月も人と話していないとは思えない軽い口調に、松本はその男の計り知れなさを改めて感じながら、吐息する。

「入るわよ」

「ええよ、乱菊ならいつでも大歓迎や」

お茶もないんやけどな、と笑いながら手招く男に檻の扉を押して中に一歩を踏み入れる。
どんな構造になっているのかは知らないが、十二番隊特製のこの檻には扉に鍵がかかっていない。
だが内にいるものがそれを開ければ自動的に防犯装置が働くようになっていた。
ここに一歩足を踏み入れれば、松本とて勝手に出て行くことは許されず看守が迎えに来るのを待つしかない。
かしゃん、と音だけは妙に軽く扉が閉ざされる。
椅子、と言うには余りにも無味乾燥な石の台座に腰掛けていた男は近付いてきた松本にゆっくりと手を伸ばした。

「……ギン」

冷たい手の感触に抗うことなく松本がその傍らに膝をつけば、男――市丸はその身体を抱き寄せる。
そろそろと腰を這う手の動きに、松本も市丸の背中に腕を回した。

「乱菊、遊ぼか……」

首筋に押し付けられた薄い唇に、松本は何も答えず、ただその瞳をそっと閉ざすのだった。


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