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□どうしようもなく、愛おしい【L】
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言い訳を重ねようとした日番谷に、京楽がほんの少し声を潜めて肩を叩く。
その言い方に引っかかりを覚えてそのにやけた顔を見上げれば、瞳に浮かぶのは労りにも似た色。
まるで何もかもを知っているというような眼差しに、日番谷は唇を噛んで顔を逸らした。
京楽は苦手だ。
笑いながら、いつもどこかしら見透かされているような気分になる。
そしてその深みのある眼は自分の未熟さをまざまざと思い知らせて。

「意味わかんね…」

「へえそうかい。僕は日番谷くんがまた、誰かの代わりにしたんじゃないかな、とか思ってたけど」

呟きに返された京楽の言葉に、日番谷はちらりと向かいを窺い見る。
聞かれたかと思ったが、阿散井も吉良も酔いの廻った頭はすぐに他の事に話題を移していてこちらの話は聞こえていないようだ。
壁に背を凭せ掛けて含みあのある笑いを張り付かせた京楽から表情を隠すように前髪をくしゃりと掴む。
京楽は、そんな日番谷の伏せた瞳にかすかな哀れみを感じながら、杯を呷ってその酒気にふふんと鼻を鳴らした。
日番谷を振ってやったと言い回っていた部下の女性隊士は、確かに魅力的な容姿をしている。
そこらの男ならば少し色香を振りまけばふらふらと誘われるほどだろう。
しかし、京楽の見る限り日番谷はそんな目先の欲につられるような人間ではないような気がしていて、その意外さに驚いたものだった。
自分の立場も、そしてその行動が隊長として不適切と見られればどう処分されるかも一応は理解して、これまでは他の隊長格の男がそうするように、金銭で快楽を購っていたように思っていたが。
何が彼にそんな行動をさせたのか、あの誰かに似ているような気のする女性隊士の後姿を思い描いた京楽は、まぁ、流れってのはあるからな、と乾した杯に酒を注ぐ。

「それにしても、まぁ……今回はちょっと面倒かな。あの子、プライドが高いからねぇ。……全く、君ももう少し上手くやらないと」

「…うるせ」

「どうせ、終わったあとはつれなくしたんでしょ。だめだねぇ、そういうつもりがなくても相手とは気分よく別れなきゃ」

「うるせえってんだ。……それより、その噂広まってんのか?」

京楽の説教に顔を顰めた日番谷だが、そう問う表情には僅かな不安が覗く。
日番谷が何を恐れているのか聞かずとも理解して、京楽は困ったように肩をすくめた。

「さあ、どうだろうね。あの七緒ちゃんが聞きかじってきたくらいだから、うちの隊では結構広まってるんじゃないかな」

「だったら明日には広まりきってるじゃねえか……」

全く、自分の不手際には忌々しさしか感じられない。
どんよりと溜息をついた日番谷の頭を京楽がぽんぽんと叩いた。

「まあまあ、七緒ちゃんが噂してた子達は諌めてくれてたみたいだし、そこまで広がりはしないでしょ。ただ……乱菊ちゃんはどうだろうねぇ」

それこそが問題なのだ、と。
松本の前ではいかにもそんなことには興味ないという顔をしているのに、たとえ事実を歪曲したものだとしてそんな話が耳に入ったらと思えば平静ではいられない。
しかも事実にしても噂よりましかと言われればそうでもなく。
いや、余計に悪いかもしれない、と日番谷は覚えた頭痛に額を押さえた。
松本はそのろくでもない噂を聞いてどう思うだろう。
縋って身体だけを求めるなんて情けない、と言うか。
それとも、袖にされた気の毒な男だと、慰めを口にするだろうか。
どちらに転んでも、地の底まで落ち込めそうだな、と嘆息して日番谷は立ち上がった。
気がつけば阿散井も吉良もうつらうつらと卓に肘をついて舟をこいでいた。
その心地よさ気な表情を見つめる日番谷を見上げて、京楽が笑う。

「お帰りかい?」

「……ああ。なぁ、京楽」

「んん?」

「諦めなきゃなんねえもん、諦めるとき、おまえならどうする?」

「……そりゃ難しい質問だねぇ」

逃げ回って、くだらない事柄に煩わされて、そんな日々からはもう脱したいのに。
いまだに踏ん切りがつかない日番谷の問いかけに瞬いて、京楽はふっと笑いを零した。

「そうだねぇ、僕なら諦めざるを得ない状況をつくる、かな」

しかし、その言葉のすぐ後に京楽はそれでも、と付け加えた。
そんな状況になっても、諦めがつくかはわからない、と。
京楽らしい逃げを残した言葉に日番谷も苦笑した。
そうだ、きっとそうなる。
どんな状況だろうと、意地汚い自分の望みは、きっと心にしがみつくための言い訳を探すのだ。

「度し難いな……」

呟いて歩き去る日番谷の背中に、京楽は杯を掲げてみせた。
惑うことのできる若さを、ほんの少し羨むように。


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