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□どうしようもなく、愛おしい【L】
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「日番谷くん、そう言えば振られたんだって?」

「はあ?」

どうしようもなく自己嫌悪に陥っても、すぐに抜け出せるわけでもなく鬱々とした感情を抱えながら日々を過ごしていた日番谷に珍しく酒席への誘いがかかった。
趣味と言う趣味もなく、一人で無為な時間を過ごすのにも徒労を覚えるこの頃で、それを面倒そうに受けた日番谷が顔を出してみれば集まった面子は男ばかり。
色気もくそもないな、と鼻で笑いつつも先日の自分の失態を鑑みればそれはそれで都合がいいのかもしれない、と阿散井の馬鹿話や失恋したばかりの吉良の泣き言を酒の肴にちびりちびりとやっていた日番谷に、京楽が含み笑いで話しかけた。
しかし、京楽から振られた話には全く身に覚えがない。
顔を顰めた日番谷に、京楽はやっぱりね、と一人納得しながら頷いている。

「やっぱりってどういうことだよ」

「いやぁ、僕も噂に聞いてね。そりゃ変だなぁと思ったんだけど」

「だから何が」

「君が振られたって話」

つい、と鼻先に指を差されて日番谷はそれを鬱陶しく払いのける。
それに苦笑した京楽に次いで話しかけたのは、振られたばかりで心底落ち込んでいる吉良と万年幼馴染への恋心に悩む阿散井で。

「……振られたんですか?日番谷隊長が?」

「誰なんすか、相手は」

「……知るか。俺はんなこと身に覚えもねえ」

くだらねえ話題に食いつくなよ、と身を乗り出した二人の額を押しやる日番谷に京楽が深々と溜息をついた。

「身に覚えはありそうなんだけどねぇ……知らない?うちの山科ちゃん」

「山科?」

「すらっとした長身の…栗毛がふわふわしてて、気の強そうな美人さんなんだけど」

「栗毛……?」

日番谷の脳裏に、先日の嫌な記憶が蘇る。
煮え切らない自分が逃げて、そして抱いた女。
もういまいちどんな顔をしていたのかも曖昧だが、確かに彼女の髪色は栗毛だったような気がする。
問いかけの言葉を反芻したまま黙り込んだ日番谷に、京楽がやれやれと首を振る。

「あるんじゃない、覚えが。まぁ、色々と言われてたよぅ?」

「……なんて」

「十番隊の隊長に一目惚れされて、あんまりにもしつこいから一回だけ相手してあげたとかなんとか……」

「……な、」

「うわぁ、日番谷隊長、それまじっすか?」

「山科さんって、伊勢副隊長の同期の……あの美人で有名な人でしょう?」

あまりの言われように絶句した日番谷を他所に、阿散井も吉良も妙に目を輝かせている。
他人の不幸は蜜の味、とまではいかないものの、いつも年下の癖に自分たちよりも淡白そうな日番谷の一面に興味がそそられたようだった。
どうなんですか、と異口同音に問いかけられて憮然とした日番谷に京楽が苦笑する。

「まぁ、僕の聞いた感じじゃ逆なのかな、と思ったけどどうなんだい?」

逆、と言い切れるものではない。
そもそも、日番谷には相手との間に恋情などと言うものが存在していたとは思わないし、振った振られたというその言葉自体がしっくりこずに。

「別にあれは…そんなんじゃ……」

よって、ひどく中途半端な呟きが漏れた。

「そんなんじゃないってどういうことなんですか?」

「身体だけの関係ってことっすか?」

きゃあ大人、とわざとらしくしなをつくる阿散井は酒の力を借りてここぞとばかりに日番谷をからかおうという算段らしい。
根が真面目なんだか強かなんだか分からない吉良は複雑そうな顔で日番谷を見つめている。

「……いやぁ、まあ日番谷くんもね。それなりの年頃って奴なんでしょ。君たちも覚えがあるでしょうよ」

たとえ心から想う人がいたとしてもそこは健全な男のこと。
時には羽目を外すこともあるし、瀞霊廷といってもそういう遊興場はある。
自分から進んでか、はたまた付き合いでかは知らないが、自分の若さに心当たりのある阿散井も吉良もへらりとごまかすような笑いを浮べて目を逸らした。
しかし、当の日番谷はといえば、京楽の言いようにもなんとも不服そうな表情で吐息する。

「年頃って……だから……」

「そういうことにしときなよ。自分で墓穴を掘るつもりかい?」



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