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□とぶクスリ【M】
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障子を開けて、日番谷はふむ、と頷いた。
ずらりと並ぶ、各地の厄除け守り。
このいっそ不気味な光景とも、今日でお別れだ。
昆布を巻きつけた怪しげなだるまから無造作に掴んで、ぽいぽいと手にした袋に放り込んでいく。

「た、いちょ…なんてことを……」

足元から、妙に悲壮感が漂う声が聞こえてくるがそこはすっぱりと聞き流す。
ぺらりとした人形の札に「健康祈願 松本乱菊」と書かれているものも容赦なくくしゃりと丸めて袋へと投げ込んだ。

「ああ……」

呻く声はぜいぜいと荒い息遣いの中、か細く響いて。
ずらりと並んだ身代わり人形を始末しきった日番谷は眉を顰めてその声の主に向き直った。

「もう必要ねえだろ」

「……でも」

日番谷がぽい、と放った袋を見る松本は今日この日までともに忌むべき敵と戦ってきた戦友の亡骸を悲しげに見つめている。
その松本の傍らにどかりと胡座をかいて、日番谷は布団から覗いた松本の頭をぺしん、と叩いた。

「あんだけ縋っても助けてくれなかった奴らのことは忘れろ。っつか、俺は早く忘れてえ」

あの、行灯に浮かび上がる感情のない瞳に見つめられながら眠るのがどれほど苦痛だったかと、ようやく松本が風邪を引き込んでくれたおかげで解放される日番谷はどんよりと溜息をついた。

「現世で聞きかじってきた民間療法も駄目。健全な生活を送っても駄目。まじないに神頼み、果ては加持祈祷に頼っても駄目なんだから、今度からは無駄な足掻きはもう止めとけよ」

「だって…だって……」

「だってじゃねえ。お前のそれはもう日頃の不摂生がどうとか、そんな次元の話じゃねえだろうが。身体がそういう風にできてんだ、諦めろ」

「…か、ぜは…もう……いいん、で、す……」

そんなことよりも恐れていることがあるのだと、そう怯える松本の潤んだ瞳には気付かない振りで日番谷はどっこいしょ、と脇に置かれた鏡台に手を伸ばした。
少し離れたそれにも、ほんの少し手を伸ばせば届くほどに成長した日番谷は、どこからどう見てももうすっかりと一人前の男の身体をしていて。
ちなみに、松本の部屋を勝手に漁っても咎められない程度には、その関係も親密だ。
ふんふんと下手糞な鼻歌を歌いながら、鏡台の引き出しを漁る日番谷の背中を、松本は絶望的な心持ちで見つめた。
鼓膜に圧がかかったような感覚に、頭が煮えるような熱。
軋むような関節も、力が入らない身体も。
それにはもう当の昔に諦めはついている。
それよりも松本が恐れるのは、そのときに日番谷から与えられるアレで。
過去二回の恥辱を三回にせぬ為に、出来る限りで身体を労わってきたというのに。
振り返った日番谷の手に、あの白い錠剤が摘まれているのを見て、松本は嗚呼、と歎いた。

「さて……、薬の時間だ」

「も……やです」

「そう言うなって。これ入れときゃ、あんな糞の役にも立たないもん頼んなくっても確実なんだから」

過去二回は良かった。
日番谷にも遠慮と言うものがあったし、純粋に自分を助けてくれようとしていたのだと分かるから。
しかし、無情な年月はいい意味でも、悪い意味でも日番谷を成長させていて。

「さあて、松本。脚開け」

するりと松本の布団に忍び込むその動作に躊躇などと言うものはない。
ひょいひょいと松本の寝巻きを肌蹴させ、いとも簡単に身体を布団に縫いとめる日番谷の表情にはもがく松本の様子をニヤニヤと楽しむ余裕すら浮かんでいる。

「うぅ……あたしの可愛いたいちょを返して……」

「そんなもん、下水に流して捨てちまったね」

大体、アレが可愛いもんかよ、と。
日番谷は自分の過去を他人事のように振り返って眉を寄せる。
どうでもいい意地を張って自分の気持ちを否定して。
そのくせ松本の一挙手一投足にあたふたしながら、頭の中では口にできないような妄想を繰り広げていた青臭い自分。
それに比べれば、今こうして素直に気持ちを行動に移している自分の方が健全だし、可愛いだろう、と松本の耳朶に囁いても、熱に浮かされたままの想い人はふるふると首を振る。

「こんなに下品じゃなかったも……っ」

恨みがましく睨むその潤んだ目許に日番谷はうんざりと吐息した。
下品、というが日番谷としては念願かなって松本を手に入れて、それで純粋無垢に手を繋ぐだけで我慢出来ようはずもない。
普段の露出過多な自分の格好をこそ反省しろ、と人目を憚らない松本に内心ヤキモキしている日番谷は松本の背中からその肉感的な身体を羽交い絞めにした。
柔らかな身体は、いつ抱いても日番谷の腕にしっくりと納まる。
しかも、いつもよりかなり熱い身体に、アノ時のそれを抱いているような錯覚に陥って日番谷はより強く松本を抱き寄せた。
鼻先をくすぐる松本のふわふわとした髪の毛。
それに鼻先を埋めて、すりすりと感触を楽しむ日番谷の腕を松本が弱々しく叩いた。

「た、いちょ……」

何してるんですか、という言葉は浅い息に遮られて言葉にはなっていない。
腰に押し付けられる硬い感触に、松本がほんの少しの怯えを滲ませていると知りながら、日番谷は腰に回した腕をするすると胸元に這わせた。

「仕方ねえだろ、お前がさせてくんなかったんだから」

健全に生きようと決意した松本は、早寝早起きが健康には効果的だと夕食後にはすぐさま布団に潜り込んで。
どれだけ誘いをかけてもきいきいと喚く松本に断られること一ヶ月。
まだまだ若いと自認する日番谷にとってはそんな禁欲的な生活を多少は我慢しても、その限界と言うものは当然あって。
しっとりと掌に吸い付くような胸の柔らかさに、ああ久しぶりだ、と日番谷は満足の吐息をついた。

「あた、し…病、に、ん……」

やわやわと揉まれるその愛撫に震えながら苦言を口にした松本の耳朶に、そろりと舌を這わせながら日番谷が嘯いた。

「だから薬入れて、ついでにちょっと汗もかこうな」

ああ、それと、と日番谷は自分の思いつきにくつくつと喉を震わせる。
注射もしようか。
囁かれた声音が心底楽しそうに響くのを、松本は諦めの境地に達しながら、しくしくと歎いた。

「誰か……あたしの可愛いたいちょを返して……」



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