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□とぶクスリ【M】
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「……やぁ…っ」

ああ、これだ、と。
二十年前にもこの、松本の妙に心をざわつかせる声に乱されたのだ、と日番谷は眉を寄せてもがくその腕を押さえつけた。
だが、その感覚に、奇妙な違和感を覚える。
こんなにも、松本の腕は細かっただろうか。
こんなにも、簡単に押さえつけることができただろうか。
湧き起こった疑問を反芻して、すぐに日番谷は答えに行き着いた。

「それなりに身長、伸びてたんだな」

余りにも僅かな進みで意識したことはなかったが、どうやら二十年前よりも成長していたらしい、と。
そう言えば、抱きつかれてもあの凶器のような谷間に顔を埋めることもなくなっていたことを不意に思い出して日番谷は組み敷いた身体を見下ろした。
薄く色づく汗ばんだ肌を辿り、腰に目をやる。
細いな、と改めて思った。
自分も男としては細身な方だと思うが、やはり女の身体をしている松本は比べ物にならないくらい華奢な体つきをしている。
それを意識してしまえば、もう男の性としか言いようのない胸の高鳴りに、日番谷は慌てて視線をその色香漂う身体から引き剥がした。

「……も、やだ…」

熱と頭痛に呻く松本は、押さえつける日番谷の手にある錠剤を見て、くしゃくしゃと顔を歪ませた。
その目尻に浮かぶ涙に、どうにも無体を働いているような気分になって日番谷は眉尻を下げた。

「我慢しろって、な?」

すぐに済むから、と腰元に手を下ろしていく日番谷に、松本はかろうじて残っていた力の全てで抗ってみせる。

「やだ…駄目…たいちょ、やだ……こんなの、恥ずかしい…」

「大丈夫だって、俺しか見てないだろうが」

まぁ、こんな姿を他の人間に見せる気もない日番谷だが、次いで出てきた言葉には眉を寄せて松本を見返した。

「たい、ちょだから…やなん、です……」

上司だから、と言うことだろうか。
普段は上司とも思わないようなふてぶてしい態度の癖に、とそれなりに松本とは密な関係を築いていたと思っていた日番谷は、その言葉に憮然とする。
どうしようもなく弱っているときだからこそ頼って欲しいし、助けてやりたいと思う。
それなのに、その手を拒もうとする松本に妙に腹が立って。

「俺以外の誰にさせるつもりだよ」

吐き捨てた言葉はかすかな独占欲を滲ませて、ほんの少しの尖りを帯びた。
しかし、そんな日番谷の気持ちの揺れにもその戒めから逃れようと足掻く松本は気が付かない。
それに苛立って少し押さえつける力を強めれば、松本の口からは弱々しい悲鳴が上がった。

「や…、たいちょ、痛…い……」

「お前が大人しくしねえからだ」

「やだ、お願……やめ…たいちょ、やだ……」

潤ませた蒼い瞳に見つめられると、どうにも抑えがたい欲望が顔を覗かせる。
その感情に流されるまいと必死なこっちの気持ちも知らずに、蠱惑的な身体を揺らめかせる松本に歯噛みして、日番谷はとうとう寝巻きの下前を捲り上げて、その内側に手を忍ばせた。
乱れたその裾から覗く柔肌はひどく淫靡なもののように脳裏にくっきりと焼きつく。
忍ばせた掌がそのしっとりとした肌に触れるたびに、日番谷は自分の理性が一枚一枚剥がされていくような気分を味わった。

「……んなこと、他の奴にさせられねえだろ」

「たいちょ、じゃなきゃ…も、いい……」

誰でも、とついには涙まで流し始めた松本に、日番谷は瞬間、湧き起こった怒りに怒鳴りつけそうになって唇を噛む。
どういう意味だと、そう口を開こうとした日番谷はしかし、震えるような吐息混じりの松本の声に、言葉を失って動きを止めた。

「好きな…ひとに……こんなこと、されたら……」

やだ、と。
幼子のようにぽつりと零した松本ははらはらと涙を伝わせて。
ちょっと待て、と日番谷は内心の動揺が大きすぎて固まった表情のまま、松本を穴が空くほど見つめた。
伏せた睫毛も、柔らかそうな唇も、その傍らにぽつんと落ちた色っぽい黒子も。
それはただ、請うても手に入らない、見つめる為だけに存在するのだと思っていた。
松本が許してくれるのは、その傍にあって気安く言葉を交わせる上司という位置だけだと。
それなのに。

「だか、ら……しな、で……」

熱に浮かされる松本が、漏らした言葉は日番谷の心にすとん、と落ちてくる。
それまで力任せに押さえつけていた腕を、日番谷はそっと緩めた。
その代わりに、おずおずと熱い身体に腕を回す。
それまで頑なに暴れていた松本は、その腕の感触にほう、と吐息して身を凭せ掛けた。
やはり、息が荒い。
身体もこちらの熱をも上げるかのように熱い。
それでも、そんな状態だからこそ漏れた松本の気持ちに、日番谷はふと口許を緩めた。

「松本……」

ゆっくりと背中を撫でる。
それが心地よいのか、日番谷の胸元に手を突いた松本がうっとりと目を閉じた。
自分が何を口にしたのか、今はよく分かっていないのかもしれない。
これまで、そんな素振りを見せることもしなかった松本だ。
取りあえず緩んだ腕に、もう無理強いされることはないのだろうと安堵した松本の顔を見て、日番谷は思った。
出来れば、この顔が心から笑みを浮べて、先程の言葉を口にしてくれるといい。
そうしたら、自分も彼女に伝えたい言葉がずっと胸の奥にはあって。
日番谷は松本の背中に這わせていた掌をすっと下ろした。
指先にはあの錠剤。

「……早く、治そうな」

「……は、え…?」

そうとなればこんな風邪に構っていられるか、と。
ふつふつと湧き起こる幸せに笑んだ日番谷には松本の上げる悲鳴すら甘美に響き渡ったのだった。



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