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□とぶクスリ【M】
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手にしたそれを見下ろして、日番谷はふう、と溜息を吐いた。
ころころと手の先を転がしても、その形状が変わるわけでもない。
先端が少し尖った、まるで弾薬のような白い物体。

「子供の頃……すげえ嫌いだったな、コレ」

いまだに子供の身体をしておいてそういうのもなんだが、それを見るだけで妙にぞわぞわと嫌な感触が背中を這い上がる。
身体に入れたときの妙な異物感。
しかも、それを手にしたときの祖母の顔は、いつも穏やかなのにあの時だけはどうしてか不穏な笑みを浮べているように見えて。

「松本……」

盛り上がった布団の傍に寄れば、松本が額に汗を浮べて苦しんでいる。
その表情につられるように、日番谷の眉間に皺が寄った。
額に手を乗せれば、それは四番隊へと出向く前よりも熱くなっているような気がして、日番谷はもう一度、手にした白い錠剤を見て嘆息した。
やはりこれ以上、こんな苦しそうな松本を見ていられない。
腕も持ち上げられず、身を起こすことなどできない松本に自分でやれと言うのも酷な話だろう。
俺がやらないといけないのか、と何となく悲壮な決意を固めた日番谷は、女性隊士に任せればいい、と言うことをすっかりと失念していて。
いま、心の中を占めるのはこんなにも苦しそうな松本を助けることが出来るのは自分だけだと言う妙な使命感だった。

「た…いちょ……」

浅い息遣いの松本が、潤んだ視線を上げる。
その瞳に籠もる熱に、どうにも落ち着かない気分を味わいながら、日番谷は困ったような笑みを浮べた。

「薬、もらってきたから」

「で、も……あた、し、効かない…ん、です……」

途切れ途切れに言う松本は見ていて痛々しい。
どうやら京楽の言うとおり、頭痛もしてきたのか時折眉を寄せて目を眇める。
額に乗せられた掌の重みに熱い吐息を吐いた松本に、日番谷は躊躇う自分を鼓舞しながら口を開いた。

「いや、あの……これなら、効くと思うから……」

「ど、んな……薬……」

見上げた松本を不安にさせてはいけないと思う。
しかし、そう思ってもそれと口にした日番谷の笑みは引きつっていた。

「……座薬」

「嫌です」

それまで息も絶え絶えだった松本がそこだけ妙にすっぱりと言い切る。
しかし、そのひと言にも労力を使ったのか、ぐったりと首を項垂れた。

「お前……そんな力を振り絞って拒否しなくても……」

「駄目…、それだけ、は……絶対に、いや…です……」

「でも、このままじゃしんどいだけだろうが。なぁ、嫌とか言ってねえで……」

「それ…を、入れ、るだけでも……きついんです」

「そこは俺がやってやるから」

「余計に嫌ぁ……」

たいちょの馬鹿ぁ、と、とうとう泣き出した松本に日番谷は慌てるが、朦朧とした松本は嫌だ嫌だと繰り返すばかりで。
ふわふわとしたその声が自分を詰るのも、顔を覆って洟を啜る松本にも慣れない日番谷は、なぜか早くなる鼓動に、衝動的に松本の布団を捲った。

「……っ、いいから、お前はその風邪治せっ!!」

どうにも調子が狂う、と弱々しくもじたばたと暴れる松本の足を苦労して押さえつけ、日番谷は錠剤を指で摘んだ。

「たいちょ…やだ……入れちゃ、やだぁ……」

紅潮した頬に、浅い息遣いの合間に聞こえる松本の泣き声。
それに心が痛まないわけではないが。
それと同時に、何かふつふつと胸に湧き起こるものもあって。

「大人しく、してろ……」

それを早くやり過ごしたい日番谷は、もがく松本に内心で侘びながら出来るだけ見ないように、と寝巻きの裾から手を潜り込ませた。
しっとりと汗ばんだその太腿の手触りに、どくりと胸が跳ねる。
胸を押し付けられることはあっても、こんなところを触るのは初めてだな、と頭の隅で冷静に考えている自分がいるような気がするが、そんな埒もないことを考えている時点でかなり動揺しているのだと日番谷は気付いていない。
というより、気付かない振りで必死に松本の柔らかな双丘を探った。

「ここか……?」

「駄目…た、いちょ……駄目…ぇ…」

そんなことしないで、と松本が頭をふるふると揺らす。
その様子に、恐らく間違いではない、と日番谷はその窄まりに錠剤をひたりと当てた。
ぴくん、と松本の身体が震える。
最後まで足掻く松本に、その熱い身体を押さえつける日番谷もいつの間にやら息を上げ、額に汗を滲ませていた。

「……入れるぞ」

「ひ…や、あ…ぁ…っ」

くぷん、と沈み込む感触が指を伝わる。
ある程度奥まで入れるように、という涅の言葉を思い返しながら、そのまま押し込んだ指先に内壁の熱が絡んで包み込んだ。
そうして指の付け根まで入ったそれを確認して、そっと指を引き抜くと、松本の肩が再びかすかに震える。

「松本……」

「やだ、って…言ったのに……」

労わるようにかけた声に返ってきたのは、子供がぐずるような松本の涙声。
それに吐息して、気まずく思いながらも日番谷はぽん、と松本の頭を優しく叩いた。
えぐえぐと枕に顔を押し付けたまま日番谷を見ない松本に、かなり無理をさせたと目湯を下げた日番谷だったが、これ以上弱った松本を見ていると、何かが振り切れていしまいそうな焦燥感に襲われて。
その何かが分からないまま、嫌がる松本を組み敷いたのはやはり自分勝手だったな、と顧みた日番谷は、暴れてずれてしまった氷嚢を直しながら眉尻を下げた。

「悪かったよ……」

それでも、やはり苦しむ松本を見ているのがつらかったと、それだけは確実に理解できる自分の気持ちを言葉に乗せれば、松本は顔を伏せたまま、すん、と洟を啜る。
どうしても顔を上げない松本の頭をもう一度撫でて、日番谷は溜息混じりに立ち上がった。

「仕事に戻る。……また、後で様子見に来るから」

返事を期待せずに部屋を出て行こうと障子を開けた日番谷に。
不意に、松本がたいちょ、と呼びかけた。

「……ありがとうございます」

その声はいまだ、不本意な涙に濡れてはいたけれど。
しゅん、と項垂れたその表情すら見えそうな声音に、日番谷はふっと苦笑する。

「……早く治せよ」

そうでないとこっちが困る、と。
自分の中の感情を持て余して、日番谷はそっと障子を閉めながら内心で独語した。



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