Claps

□聖夜狂騒曲
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【三番隊】






『僕は負けない』

こんな掛け軸を見て、悲しくならない奴がいたらそいつは鬼だ。

「歪みなく……暗いな」

「仕方がないですよぅ、吉良だし」

鬼だ。
鬼がいる、ここに。
几帳面にも程があるというほどきっちりと整頓された部屋にずかずかと上がりこんで、松本は部屋の真ん中に仁王立ちしている。
室内に侵入する際に使ったのはもちろん涅印のあのスプレー。
寝台に横たわる吉良は一体どんな夢を見ているのか苦悶に顔を歪めて時折、うめき声をあげているが。
……今、裏切り者って言ったか、こいつ。

「……あまりにも哀れだ」

思わず合掌したくなって呟いた俺の後ろで、松本は担いでいた袋の中身を漁っている。

「松本……頼むからこいつには何か幸せになれるものを贈ってやってくれ」

思わず懇願の響きを帯びた俺の脳裏を過ぎるのはこれまで回った各隊副隊長に送った品の数々。
雀部にはどうやってその袋に入れていた、と言いたいほど仰々しい西洋の甲冑。
大前田には現世の深夜番組で販売しているというやたらと腰をくねらせる女のダイエットDVD。
阿散井の枕元に育毛剤を置いたときにはアイデンティティに関わるから止めておけ、と必死になって止めようとしたのだが。

「だあいじょうぶです、あたしだって可愛い後輩にはちゃんとイイモノ用意してますから」

その大丈夫が当てにならないと、だれかこいつに分からせてやってくれ。
溜息を吐いた俺に、松本はよいしょ、とやたらと分厚い本を二冊取り出した。

「……本か」

まぁ、最近ひきこもりがちな吉良にはいい暇つぶしになるかもしれない。
そう思ってその表紙を覗き込んだ俺は息を呑んだ。

「これは……」

言葉を失う俺にも構わず、松本はふふんと笑って見せる。
この笑いが鬼の笑みにしか見えないのはどうしたことか。

「吉良にはまず、心の傷から癒してもらおうかと」

心の傷から目を逸らすのは良くないって言う教訓ですね、と松本が掲げて見せた二冊の本。
きつねの図鑑。
悟りを啓くための100の方法。
……これはあれか、ショック療法と言う奴か。

「傷口に塩を塗りこんで、そこに消毒液かけるくらいのショックだぞ、これは」

最大限に良い解釈をしたところでそんなところだろう。
頼むからこんな悲しい奴にそこまでしてくれるなと、そう言いかけた俺の後ろで吉良がまた、小さく唸った。

「……ああっ、雛森さん…」

ああ?
今なんて言った、こいつ。
振り向いた俺の前には、苦しげというよりは若干喜色を浮べた吉良の顔があって。
……てめえ、一体何の夢を見てやがる。

「松本……その本、きっちりここに置いて行ってやれ」

「あらら……さっきまで反対してたのに」

「うっせえ、人の家族でどんな夢見てるんだか知らねえが、なんかこの顔が気に喰わねえ」

「へー、ふーん、そうですか」

「……んだよ」

「いーえ、別にー」

じゃあ、たいちょの許可も出たしここに置いとこ、と本を枕元に置く松本の横顔は、まぁ俺の見当違いでなけりゃちょっとばかし不機嫌そうで。

「おい」

「なんですか?」

「……」

なんですかって、んな真顔で聞き返されたらこっちだってどう聞けばいいのか分かんねえじゃねえか。

「何か……怒ってねえか?」

「……別に、怒ってはないですよ」

そんな風にいかにもな溜息を吐いて松本は背を向けた。
次行きましょう、次、というその背中を見送りながら、

「やっぱなんか怒ってんじゃねえか……」

と、呟いた己の声音の情けなさは無視するに限る。



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