Claps

□聖夜狂騒曲
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【八番隊】






「さっさと片付けて帰るぞ」

「あ、ちょっと、たいちょ、気をつけてくださいよぅ」

気づかれちゃうじゃないですか、と眉を顰めた松本に、だったらこんなことを考え付くんじゃないと言いたい。
こんな寒さも身に染みる夜中に何が悲しくてこんなにこそこそしなくてはならないのか。
霊圧も消し去って八番隊の隊舎に忍び込んだ俺と松本は伊勢の部屋の扉へと足音を忍ばせて近寄る。

「ってか、さすがに霊圧消しても気づかれるんじゃないのか」

なんと言っても副隊長だ。
これくらいで敵に寝首をかかれるようなこともないだろうと俺が松本を振り返れば、松本は手に持っていた巨大な袋の中をごそごそとあさくっていた。

「そんなこともあろうかと……じゃーん」

取り出したのは何の変哲もないスプレー缶。
しかし、それにちょっと嫌な予感がしたのは缶にしっかりと「十二」の文字が印字されていたからだ。
十二って……もしかしてアレか。

「ネムにこっそり頼んでおいたんですよぅ」

これを吹きかければゾウでも朝まで目が覚めません、と言い切る松本の瞳には、今から自分がやろうとしていることへの罪悪感とか、そんなものは全くない。
こそ泥とは違う、とどの口が言うのか。

「部屋にこれを撒けば七緒だって目も覚めません」

「おい、それは……!」

止める間もあらばこそ、ちょっとばかし扉を開けた松本はスプレー缶を躊躇なく部屋に向けて放った。
そしてすぐさま扉を閉じ、待つこと5分。

「そろそろいいんじゃないかしら」

そう言って扉を開けると、奥の寝台に横になっている伊勢はぴくりとも動かない。
規則的に上下する布団を見るところ、薬の効果もあってかすっかり寝入っているのだろう。

「……お前は、目的の為なら容赦しねえのか」

涅の作った薬なんて一体どんな副作用があるか知れないのに。
と、俺が独語しているその横で、松本は先程の袋の中からまたなにやら取り出した。
出てきたのは巨大な熊のぬいぐるみ。

「……んなもんもらって伊勢が喜ぶのかよ」

「わかってないですねぇ、そんな素直に喜ぶものあげてどうするんですか。貰ったはいいけれど処分に困るものをあげるってのがプレゼントの醍醐味なんですよ」

そんなものに醍醐味を感じるのはお前だけだ、と思いつつも、もうこうなったらさっさとこんなくだらないことは済ませてしまうに限る、と俺は部屋に一歩足を踏み入れた。

「そんなら、さっさとソレ置いて次に――」

「あ、たいちょ、危ないですよ」

松本の声が届くか届かないかのその瞬間。
俺の鼻先を何かが凄まじい速度で通り抜けた。
たん、と音をした方を見遣れば、図太い矢が壁に突き立っている。

「……なっ」

「七緒の部屋、ちょっとしたカラクリ屋敷みたいになってますから、迂闊に入っちゃ駄目ですって」

京楽隊長の夜這い防止らしいですけどね、と何のことはないかのように呟く松本を他所に俺はその場を固まったまま動けない。
夜這い防止って言うか……殺る気満々だぞ、コレ。

「……どうすんだよ、伊勢は起きねえかもしれねえが、こっちも近付けねえじゃねえか」

「うう〜ん、たいちょなら避けていけるんじゃ……」

「んなことに本気になれるわけねえだろうがっ」

それなら仕方ないですねぇ、と言うが早いか松本は手にしていた巨大なぬいぐるみをぽんと伊勢の寝台の方へ放った。
ばす、どす、がす、という音が静かな夜に鈍く響く。
そうしてぽすん、と寝台の脇に落ちたぬいぐるみを見て、俺はなんとも言えない悲しい気分になった。

「これ……プレゼントか?」

「過剰防衛を反省しなさいっていう、あたしからの有難い教訓です」

ツンデレも大概にしとかないとね、と満足そうに頷いた松本は用は済んだとばかりに踵を返す。
それについて行きながらちらりと振り返った先には、無残にも体中を矢で貫かれた熊のぬいぐるみが哀れにもその身を横たえていた……。



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