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□Speak low if you speak love.【S】
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「乱菊様ったら、どこへ行かれたのかしら」

「いやはや、ついつい夢中になっていましたからねぇ」

荻堂と並んで、伊勢は庭の小道を歩いていく。
荻堂の用意した布地の美しさに目が捉われて、気がつけば乱菊はいつの間にやら席を外していた。
女中失格だわ、と溜息をついて目を上げれば、温室の前で座り込んで煙管を吹かしているぐうたら庭師の姿が目に入った。

「京楽さん、あなたまた――」

半ば八つ当たりに仕事を放り出して休憩している京楽を叱りつけようとした伊勢に、京楽が唇の前で指を立て、静かに、と囁いた。

「何なんですか、もう。……ところで乱菊様と旦那様、こちらにいらっしゃいませんでしたか?」

伊勢が眉を顰めながら問えばにやにやと笑いながら京楽がくいっと顎で温室を指し示してみせる。
胡乱げにその緩んだ顔を睨んで、伊勢は温室を覗き込んだ。
そしてまぁ、と絶句する。

「幸せそうな顔しちゃってまぁ……」

「これはこれは、一枚の絵画に勝るとも劣らない……」

「二人ともっ。何を出歯亀してるんですかっ!!」

顔を真っ赤に染めて伊勢が荻堂と京楽の首根っこを掴み上げ、ずるずると屋敷の方へ引っ張っていく。
苦しいってば、という京楽の情けない声が遠ざかっていった後には、庭は再び鳥の声とかすかな木々のざわめきだけに包まれた。
そのこころよい午後の日差しが降り注ぐ温室で、日番谷と乱菊が身を寄せ合って静かな寝息を立てている。
その顔はどんな夢を見ているのか、柔らかな笑みを浮かべていた――





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