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□たとえば君が【L】
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「すいません、日番谷隊長……俺が油断したばっかりに松本副隊長が……」

横たわる五席は言葉も切れ切れに目を閉じる。
深手を負っていたという虎徹の言葉通り、白い包帯で覆われたその体は身を起こすことすら出来ないようだった。
松本の負傷の報告を受けた翌朝、同行していた四番隊の隊士の話と、一時的に意識を取り戻した五席の話によっておおよその顛末は分かった。
日番谷は唇を噛み締める。
研修中に虚の霊圧を感知した松本と五席が新人をその場に待機させ、現場へ向かうと、そこでは幼い子供が今にも虚に取り込まれようとしていた。
松本が虚に相対し、五席が子供を助ける。
そこまでは良かった。
だが、松本に仕留められる間際に虚が呼んだのか、それとも元からどこかで霊圧を潜めていたのか、もう一体の虚が突然出現し、五席を襲ったのだ。
泣き喚く子供をあやしていた五席はそのことに気付くのが遅れた。
松本自身、虚を倒したことに気を緩めていた、ということもあったのだろう。
とっさに五席と子供を突き飛ばし、間に入ったが薙ぐように伸ばされたその触手を防ぎきることは出来なかった。
そのまま林の中に弾き飛ばされ、木々に激しく体を打ちつける。
それでも、パニックを起こして暴れる子供を抱き込んで虚の攻撃を受ける五席の援護をするためにふらつく体のまま、背後から虚を攻撃し、撃退した。
そのままくず折れるように倒れた松本を、後から駆けつけた新人たちが発見した、ということらしい。

「お前だけの所為じゃねえ。松本にも油断があった。今はとにかく休んで傷を癒せ」

日番谷の言葉に五席は涙を滲ませたまま、それでも、と再び謝罪する。

「あの……助けた子供は…?」

「安心しろ、多少の怪我はあるみてえだが無事だ。さっき四番隊の奴が家まで送ってったよ」

「そうですか……よかった」

そう言ってかすかに微笑み、再び瞳を閉じた五席は吸い込まれるように意識を失う。
松本の安否が未だ分からない以上、子供だけでも助けることが出来た、とそのことが唯一の救いであるかのように。





他の隊員たちに五席を任せて、日番谷は病室を後にする。
日番谷自身も、子供だけでも無事でよかったと思ってはいるが、そこに滲むかすかな欺瞞も認めないわけにはいかない。
たとえ子供が無事でなかったとしても、松本が助かってくれるのなら。
そのようなことを考える自分に嫌悪を覚えながら、日番谷は眉を顰める。
松本がそんなことを考える自分を望むはずはないのに。
そうは分かっていても、浮き上がる思いをとめることができない。
未だに開かれることのない治療室の扉の前に立って、日番谷はそっと扉に手を突いた。

「……頼む」

誰に何と祈ればいいのか、それすらも分からぬままに呟いた日番谷にそっと横から茶が差し出された。

「伊勢……」

「日番谷隊長、お疲れでしょう。少し休まれては如何ですか」

労しげな伊勢の顔にも疲労が見える。
昨晩、仕事後に駆けつけてから、一睡もしていないのは明らかだった。
だが、そんな伊勢に心配されるほど自分の顔色はひどいものなのだろう。
日番谷は伊勢の心遣いを有難く受け取って、長椅子に腰掛ける。

「虎徹副隊長が乱菊さん…松本副隊長の状態について説明したいとのことですが…お聞きになれそうですか?」

「ああ…、聞こう」

伊勢が目配せをすると、廊下の角から虎徹がそっと顔を出す。
虎徹は通常業務をこなすために松本の治療にはあたっていないはずだが、それでも顔色は悪い。

「報告いたします。松本副隊長の胴体部の傷はおそらく林に飛ばされた際に受けたものでしょう。ほとんどが裂傷で、数箇所、木の枝が貫通したと思わしき場所もありますが、臓腑に至っているものは一箇所のみ。その部分については既に治療は終了したとのことです。ただ、やはり問題は頭部の負傷なのですが、これは左即頭部から後頭部にかけて及んでいます。外傷自体は頭蓋に至ってはおらず、ひどいものではないようですが頭部の傷は外見だけでは判断できませんから……」

「そうか…」

「あの……」

言うことを躊躇するかのように虎徹が言葉を切る。
日番谷が目線だけで促すと、虎徹は伊勢と視線を交わし、伊勢が頷くのを見てからようやく決意したかのように日番谷を見た。

「日番谷隊長」

「何だ」

「過度な期待を持たせるようでお話しするか迷いましたが…。卯の花隊長によると、昨晩、治療中に一瞬だけ、松本副隊長が意識を取り戻したように見えた、と」

「本当か、それは……!」

「はい。ただ、すぐにまた意識を失ったそうなので、本当に一瞬のことだったようなのですが、何か言おうと唇がかすかに動いた、ということです。卯の花隊長にはそれが――」





*    *    *




日番谷は目を閉じる。
これほどまでに心から何かを願ったことなどあっただろうか。
閉ざされた扉の前にたたずんで、その扉の向こうにいる松本に心の中で幾度となく呼びかける。
泣きそうな虎徹と伊勢の顔が浮かび、聞かされた言葉が耳元にこだまする。

『たいちょう、と呼びかけているように見えた、と』

「松本……」




呼びかけに応える言葉はまだ……聞こえない。




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