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□寒中お見舞い申し上げます【S】
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断るだろうと思ったの。
当然でしょ?
来たくもない飲み会に無理矢理連れて来られて、挙句強引に巻き込まれた余興だもの。
ふざけるな。
付き合ってられるか。
もう帰る。
そう言っていつもみたいに不機嫌に店を出て行って。
それを笑いながら追いかけて、二人して隊舎に戻るんだろうな、とか。
機嫌を取るのも大変なのに京楽隊長ったらすぐにからかおうとするんだからなんて、そんなことを考えてたのに。
たいちょはものの見事にあたしの予想を裏切ってくれた。

「……くだらねえこと考え付きやがって」

京楽隊長に修兵に、恋次に吉良に七緒にと多少その顔ぶれに変化はあるもののいつも通り気心知れた仲間とくだらない話で盛り上がっていたところに京楽隊長が隅で詰まらなそうにお酒を飲んでいたたいちょに絡み出した。
京楽隊長にとって、生真面目一本槍のたいちょをからかうのはすごく楽しいことらしい。
しらっとした外面に反して負けず嫌いなたいちょを焚き付けるのなんてお手の物で、今回もご他聞に漏れずたいちょを余興に引っ張り出した。
でもまぁ、勝負がお酒の早飲みじゃあたいちょに勝ち目も無くて。
京楽隊長が言い出した罰ゲームに、たいちょは盛大に眉を顰めて吐き捨てた。
そう、そこまでは予想を違えてたわけじゃない。
早飲み対決で見事に京楽隊長に負けたたいちょは溜息を吐きながら空になったお猪口を卓に放り出した。
あたしはいつでもたいちょが席を立ってもいいように、外していたストールを手に取った。
たいちょはそのまま立ち上がって、ぽりぽりと頭を掻いている。
なるほど、今日は溜めてからいつもの怒声を発するわけね、と考えたあたしに聞こえてきたのは溜息交じりのたいちょの声。

「仕方ねえな」

「……はえ?」

そのまま歩み寄ってきたたいちょの顔が近付いてくる。
いやいや、怒鳴るならあたしじゃなくてふざけたことを言い出した京楽隊長でしょ?
こんな至近距離で怒鳴られたらあたしの鼓膜も流石に悲鳴を上げますって。
あら、たいちょのほっぺに小さな吹き出物が。
なんてことを短時間で考えていたあたしの唇に触れた柔らかな感触。
周囲で上がった悲鳴のような声に、ぴゅう、と下手糞な口笛が重なって。
あたしはぴしりと固まったまま目を見開いた。
だって、何が起こったかなんて分からなかったんだもの。
今まで見たこともないほどたいちょの顔が近くにあって、あたしの頬に少し体温の低いたいちょの指が触れていて。
それ以上に、ありえない場所にありえない感触があって。
自分のものとは違うその体温に。
あたしの頭は一瞬にしてその許容量を超えて沸騰した。
だからといってあれはなかったと思う。

「松本?」

唇を離したたいちょがあたしを見るなりぎょっとしたように目を見開いた。
そりゃそうね、あたしの頬をだらだらと涙が零れてるんだもの。
自分でも止めようもないその水分の放出に、茶化していた周囲もしんと静まり返った。

「まつも――」

「何するんですかっ!!」

たぶん、予想を超えていたのはあたしの行動もだったと思う。
まさか、そんなことをするなんてあたしだって考えてなかったの。
沸騰した頭のまま、気が付けばあたしはたいちょの頬を力いっぱい張り飛ばしていた。


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