200000HITフリリク

□大に小を兼ねる気はない。
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ようこそ、と。
自己陶酔と顕示欲を謳うような声に、その場にいる幾人かが溜息を吐き、残りの幾人かは眉を顰めた。
しかし表情に差こそあれど、一人を残してその場にいる全員が思っていたことは等しく同じで。
つまり、心底辟易していた。
そして唯一の例外である十二番隊隊長、涅マユリはそんな共感のこもらない視線にも全くの痛痒を感じさせない笑みを浮べて一同を睥睨する。

「ようこそ、我が偉大なる才華の揺籠、技術開発局へ!!」

朗々としたその声にも、拍手喝采など湧き起こりようもない。
返ってきた沈黙に、涅はようやく不快そうに居並ぶ面々にくるりと視線を向けた。
その涅に向って、一歩踏み出したのは八番隊隊長である京楽。
無機質な空間で、皆よりも一段高いところに立つ涅を見上げて、どんよりと溜息を吐いてみせた。

「……前説も結構だけど、早いところ僕らをここに呼んだ理由を教えてくれないかな。報告もしないといけないしね」

「キミはワタシが無数の仮説と理論を考証し、試行錯誤の末ようやく手にした事象の結果を今、容易に知ろうとしているところなのだヨ?無粋な行為で水を差すのはやめてもらおうか」

「そうは言ってもねぇ、ここに来てから一時間待たされてんだよね、僕ら。そんなに暇な顔ぶれに見えるかい?」

京楽が腕を振って示して見せたのはなるほど、暇な連中の集まりと言うには無理がある。
一、四、十三の隊章を背負う隊長はいないものの、それ以外の隊首を集めて涅はもう、多少とはいえないほどの時間を浪費させていた。
京楽の後ろに控える十の瞳のどれひとつ取っても自分に好意的な色を見つけることは出来ずに、涅はもう一度鼻を鳴らした。
他人からの共感や好意の感情を、涅は必要としていない。
そんなもの、学究の足しにもなりはしないし、未知なる発明と言うものは得てして同時代の無知な愚民には理解し得ないものなのだ。
しかしそれを啓発することには意義がある、と涅はかくりと首を曲げて京楽を見下ろした。

「……いいだろう。ではこちらを見たまえ。キミ達の蚤の足先程の低級な脳では理解することも不可能だろうが、これは実に画期的な機構でネ。霊子構造を自動解析し、その配列から霊子連鎖の短縮によって正常な転写に必要な調整配列の機能を失った突然変異の蓄積を再構築する。そうしてそこに働きかけて正常な転写作用を人工的に回復させることによって――」

「はい、ストップ」

滔々と悦に入って自論を展開していた涅は、割って入った京楽にじろりと硝子玉めいた瞳で睨みつけた。
しかし、京楽としてはもったいぶった学術用語など理解できるはずもない、今日、この場に来たことを心の底から後悔しながら、涅に首を振って見せた。

「ご存知の通り、僕らの無学な頭では涅隊長の言っている一語の意味さえ理解できないよ。申し訳ないけど、結果だけ、簡潔に述べてくれないものかな」

必要以上に下手に出た京楽の言葉に、面白くもなさそうに顎を持ち上げた涅は、しかし、それ以上の談義を交わすことすら面倒そうにぽん、と装置に接続された画面に指を走らせた。
重々しい音と共に、その装置が稼動する。
そうしてようやく、それを見上げていた京楽たちは涅の前に鎮座する鉄製の箱がその背後に置かれた巨大な円筒状の鉄の固まりも含めてひとつの装置だということに気がついた。

「これはこれは……」

感心したと言うよりも、呆れたというに近い呟きを漏らして京楽がそれを見上げる。
円筒状のその鉄の塊の一部がみしみしと軋むような音を立てて、ぽっかりと漆黒の口を開いた。
その虚ろを満足そうに見遣って、涅がにんまりと口の端を引き上げる。

「……この装置こそ、キミ達の願いを叶えるものさ」

「願い?」

「この装置を使って得られる結果こそ、日頃激務に耐えるキミ達の助けとなるだろう。言っているじゃァないかネ、もうひとつ体が欲しいくらい多忙だと」

その言葉に、京楽がじんわりと後退る。
もしかしなくとも、その願いを叶える為にあの怪しげな装置の中に入れとでも言うのだろうか。

「僕は……七緒ちゃんがいるし……」

それに別にそんなに仕事をしているわけでもないし、と。
ぼそぼそと誰かに言い訳をしながら顔を引きつらせる京楽に、涅が首を傾げた。

「そうかネ?では他に、多忙で仕方がないという哀れな者は……」

それは見事なほどの揃い様。
涅を含む、その場の全員がある人物に視線を止めた。
多忙だ多忙だと、それが口癖のようになっている人物。
事実、彼の執務卓から書類の山が消える日はないように思われる。

「……なんでてめえら、俺を見る」


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