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□どうしようもなく、愛おしい【L】
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似合わないな。
そう言ったら、あいつは困ったように笑っていた。
そんな風に言うもんじゃない、と承知しながら口をついて出た言葉だった。
綿帽子に、純白が眩しい正絹の打ち掛け。
いつもの薄紅色ではなく、濃い真紅の紅を引いた唇。
あまりにも普段のあいつとは違いすぎて、何といったらいいのか分からなかった。
小春日和の大安の午後、襖を開けた座敷に庭の桜の木からひらりと薄紅の花弁が舞い込んでくる。
その軌跡を追って、畳に落ちたそれを見るともなしに見ながら呟いた俺の後頭部をすこんと勢いよく叩いたのは幼馴染の雛森だった。

「駄目じゃない、そんなこと言っちゃ。こんなに綺麗な花嫁さんなのに」

ねえ、と隣に立つ伊勢に言いかけるその姿は、場に合わせてか薄桃色の振袖を身に纏っている。
伊勢も普段の堅苦しさを取り払った青藤の訪問着を身につけていて、それが少しだけ他人を前にしているような気分を味合わせた。

「思ったことを言ったまでだろうが」

「どれだけ成長したってそういうとこ、ほんっとに無神経なんだからっ」

「……まあまあ」

眉を寄せて睨んだ俺に雛森は昔馴染みの気安さで噛み付いてくるが、まあ、自分でも今の台詞はどうかと思わないでもないからあまり強くは言えない。
そうして、視線を再び目の前に向ければ、俺にそんなことを言わせた張本人が苦笑していて。

「や。自分でも少しは期待してたんですけどねぇ、着てみたらどうにかなるかなって。でもやっぱあたしの見た目って白無垢には合わないみたいで」

金髪蒼眼に日本人離れした体躯。
その身が纏うには、伝統の着物は妙にこじんまりとしていて違和感を誘う。
それを上から下まで見返して、外国人の国際交流みたいだな、と呟いた。
するとすかさず雛森が頭を叩いてくれる。

「んな、気安く叩くんじゃねえよ。……それにしても、白いドレス着るんだとかなんだとか言ってなかったか?昔、さんざんお前の夢だとか言って聞かされたような気がするんだが」

「まあねぇ、憧れはしましたけど……やっぱりあたしも和を愛する人間なもので。いいんですよぅ、自己満足なんですから」

「結婚式は女の子の夢ですものね」

「そうそう、七緒もちゃっちゃと結婚しちゃえばいいのよ。京楽隊長にどーんと乗っかって、責任取ってください、これで完璧だから」

「……な、なんてこと言うんですかっ。もうっ花嫁さんなんだからそういうこと言わないでくださいっ」

「なーによぅ、いいじゃない。それで夢が叶うんだし。あたしなんか夢叶えても似合わないなんて言われて……大体、隊長だって言ってたのに。ドレスなんて邪道だ、やっぱり花嫁は白無垢だろって」

「似合うかどうかと俺の嗜好は別問題だ」

「ひどいっ」

へらへらと笑うその表情に、我慢とか寂しさとか、そんな感情を探してみても見つからない。
そのことに安堵しなくては、と思いながら俺は溜息を吐きつつ立ち上がった。

「日番谷くん?」

「……時間まで庭に出とくよ。あんま、こういうところに俺が入んのはよくねえんだろ?」

これ以上ここにいれば、見慣れない松本の姿にうろたえて、雛森や伊勢がいるのも構わずにとんでもないことを口にしてしまいそうだ。
しかも、朝から着慣れない紋付袴が妙にどっしりと肩に圧し掛かる。
その息苦しさに少し外の空気を吸いたくなって、俺は庭へと下りた。
背後から雛森の小言が聞こえるような気がするが、それはすっぱりと聞き流す。
ぐるりと肩を回せば、本当に凝っていたのか肩がぱきりと音を立てた。
昨晩、死覇装だって死神にとっては礼装みたいなもので、それならこの場で着たっておかしくはないだろう、いや、正装なんだから着るべきだ、と最後まで抗った俺に松本は呆れながら笑ったものだった。

「そんなこと言ったら、あたしだって死覇装でお嫁入りしなくちゃいけなくなるじゃないですか」

やですよ、そんなの、と。
言いながら松本が袴に火熨斗をかけるのを視界の端に入れながら、ぼんやりと俺は隊舎を見回した。
こんなやり取りをここでするのももう最後か、と思えば妙な感慨が胸を占める。
隊舎で過ごす、最後の夜。
今日が終わってしまえば、新しい生活が始まるんだな、と。
花びらを散らす桜の木を見上げながら、俺はそっと目を閉じた。
恐ろしく広い邸は、今日の為に多くの人間が立ち働いているはずだが、ほどよい静けさが広がっている。
高い塀も、手入れされた庭も、この桜の木も。
白無垢姿の松本も。
全てが完璧に整っていて。
自分だけが、欠けて、ひび割れているような気分になる。
真っ白な布地に落ちた、一点の染み。
感じる痛みを直視していたくはなくて。
その完璧さに、自分以外の歪みを見つけたくて。

「似合わねえよ……」

自分勝手な感情だとは分かっている。
それでも、本当ならこんな場所、一秒たりともいたくはない。
あんなにも、一瞬呼吸すら忘れるほどに美しい姿を見ていたくはない。
遠くで、雛森の呼ぶ声が聞こえる。
時間にはまだ早いはずだ。
きっと何か雑用を頼まれるんだろうな、と思いながら溜息をついた。
見たくないなどと、そんなこと無理だと分かっている。
どうあっても見なくてはならないのだ。


……今日、自分以外の男の手を取って幸せに微笑む松本を。



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