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□大人も子供も夢を見る【S】
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存外と朝に強い松本が、存外と朝に弱い日番谷を起こすのは彼らが隊長副隊長になってからの常で。
隊長に就任してからしばらくはどうにか自分で起きていた日番谷が、ある日気まずそうに松本に起床係を頼んできたのも、もう百年近く前のことだ。
それから毎日欠かすことなく日番谷を起こしてきた松本は、その日、初めての体験をした。
何度呼んでも日番谷からの答えはない。
しかし、何かの声は聞こえてきて。
それを始め、松本は猫の鳴き声だと思った。
いやしかし、それでもこれほど部屋の中で猫が鳴いているのに日番谷が起きない、と言うこともないだろう。
気心知れた仲ながら、それでも返事も無いのに開けていいものかと逡巡した松本だがしかし、気配を探れば確かに日番谷の霊圧をその部屋から感じて眉を寄せた。
いつも安定しているその霊圧が、あるかなしかに感じられるほどしかない。
「隊長?気分でも悪いんですか……?」
これは何かあったのか、と部屋を覗けば、そこには布団がこんもりと盛り上がっている。
布団の中に潜り込んでいるのかしら、と思いつつ、松本は再び声を掛けた。
「たいちょ?」
ふにゃあ、と布団から籠もった声が聞こえる。
まさか猫を抱え込んで眠っているのかしら、と松本は首を捻りながら布団に歩み寄って、なんとなくごくり、と喉を鳴らして布団を捲った。
「…………」
ちょっと待って、と。
松本は色々と浮かび上がる想像を思い浮かべてはそれを打ち消していった。
そして、最後に残った可能性に、呆然と呟いた。
「たいちょ……?」
その声に応えるようにほにゃあと声が上がる。
猫の声のように聞こえたそれは、銀髪の赤ん坊が上げる泣き声だった。
* * *
「……で、抱いてるんですか?」
呆れたような伊勢の呟きに、松本は困ったように笑うしかない。
その腕の中では、松本の柔らかな胸を枕に赤ん坊がすやすやと寝息を立てている。
「だって、そこに置いとくわけにもいかないじゃない。こんなでも……たいちょだし」
「本当に日番谷隊長なんですか?」
つるりとした頬を伊勢がつんつんと突く。
普段の日番谷相手ならば伊勢もこんなことはできないだろうが、目の前にいる赤ん坊はまるで清らかな天使のようで万年顰め面のあの少年隊長とはどうしても結びつかない。
その伊勢の指の感触に眠りを邪魔されたのか、ふえふえと顔を歪めた赤ん坊を、松本が慌ててあやす。
「だって、卯ノ花隊長もそう言ってたし。あたしがたいちょの霊圧を間違うはず無いじゃない」
「そうですけど……隠し子とか」
「やめてよぅ、京楽隊長じゃあるまいし。うちのたいちょがそんな器用なこと出来るわけないじゃない」
隠し子を持つのにどんな器用さがいるのだ、と眉を寄せながらも伊勢は首を傾げる。
この赤ん坊が日番谷だったとして、どうしてこんな姿でいるのか。
「さあ、昨日、ちょっと様子が変だな、とは思ったけど」
「……どんな風にですか?」
「なんだか……難しい顔したと思ったらいきなりくすくす笑い出したり、すごい意味ありげな視線を向けてきて、『明日、楽しみにしてろよ』とか言ってきたり……」
「明らかにおかしいじゃないですか。どうしてそこでちゃんと聞かなかったんです?」
「いや、だってあからさまに聞いて欲しそうだったから。そういう時ってなんだか聞く気失せるでしょ?」
「……聞いてあげてくださいよ」
なんだか日番谷が気の毒に感じられて伊勢が溜息を吐けば、今度こそ赤ん坊がふやふやと泣き出した。
首を捻って、必死に何かを探しているような様子に、伊勢も松本もその動きをじっと見つめる。
ややあって、伊勢がなんとも気まずそうに口を開いた。
「お腹が……すいてるんじゃないですかね」
うごうごと口を開閉させる赤ん坊は、どう見ても松本の胸にあるべき何かを探していて。
赤ん坊なら当然のその仕草に、困ったように松本は吐息した。
「……さすがの乱菊さんも母乳は出ないわね」
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