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□Speak low if you speak love.【S】
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「こちらなんてどうです?」

荻堂が柔らかな手触りの薄絹を差し出せば、伊勢がそれを手にとって難しい顔つきで検分する。
白藍のそれは光を通せば美しく散った小花模様が浮かび上がる。
その繊細なつくりに吐息しつつも、伊勢は首を振った。

「これでは下着まで透けてしまいます。もう少し厚手のもので……」

「そこは同じように薄手の生地を重ねますので。淡い色味のものを重ねれば世界に二つとない幻想的なお召し物に仕上がりますよ」

試しに、と荻堂が同じように薄く透けるような青藤の絹を重ねれば、布地はお互いを補い合ってなんとも言いがたい深い色合いを見せる。

「厚手の重厚な布地も結構ですが、このように風に揺らめくような柔らかさも素敵ですよ。乱菊様は最近とみに優しげな雰囲気を醸されていらっしゃいますから、きっとお似合いです」

にっこりと荻堂が笑うのに、乱菊は苦笑を返す。
日番谷が約束したとかで、今日は朝から大量の布地を抱えてきた荻堂は嬉々として部屋にそれらを並べている。
伊勢も妙に張り切って、荻堂と布地を見てはああでもない、こうでもないと楽しそうだ。
最初はそれに付き合っていた日番谷も、自分の採寸が終わると、あとは任せたとばかりに早々に退散してしまった。
歯の浮くような台詞を、世辞ではなく本気でまくし立てる荻堂の腕のよさは認めるものの、いちいち付き合っていては精神的に疲れてしまう。
それをよく知っている日番谷の逃げ足の速さに、最初は呆れたものの、三時間以上も付き合えばその気持ちも分からないではない、と溜息をついた。
見れば、伊勢と荻堂はまだまだ葛篭から布地を取り出して、論じるに留まる所を知らなさそうだ。
そんな二人に口元を綻ばせて、乱菊はこっそりと席を立った。
少し休憩がてら外の空気でも吸おうとテラスから庭へ出る。
ゆっくりと庭の花を愛でながら、小道をたどって温室の前に立ち、ふと笑った。
その少し開いた扉から、よく知る男の姿がちらりと覗いている。
足音を忍ばせて扉に近付き、窺えば、日番谷はどうやら荻堂から逃げ出して読書に耽っているらしい。
ご丁寧に敷布まで用意して寝そべる日番谷に、乱菊は呆れたように溜息をついた。


「こんなところに隠れておいででしたのね」




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