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□いただきますとごちそうさま【S】
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小春日和な十番隊隊首室。
窓から差し込む陽光の心地よさに松本はあくびをかみ殺す。
「春眠暁を覚えずっていうけど……こんなに眠いのもそのせいなのかしらねぇ」
「……春のせいにするんじゃねえ。暁どころか今は昼時だ」
眉をひそめて書類を決裁していた上司が松本の呟きをばっさりと切り捨てる。
ちらりと松本が横目で見れば、いっさい書類から目を離さずに筆を動かす日番谷は異様なスピードで積み上げられた仕事を片付けていた。
「思うんですけど……、たいちょってすごい勢いで仕事を捌いてるのに、あたしの発言にはいちいち突っ込み入れるなんて、ほんとマメですよねぇ」
「……」
「あ。今、確かになんで俺いちいちこいつに付き合ってるんだって思って返事するのやめようとか考えたでしょ」
「……」
「そんでもって見透かされたけどここで返事をするのもどうかと思ってなんか言うの堪えてますね?」
「……松本」
「はい?」
「春眠どころか永眠すんのと、大人しく仕事すんの、どっちがいい?」
「え……、あ、あは…ちょっと休憩っていう選択肢は……?」
ひんやりと迫り来る霊圧に松本が顔を引きつらせれば、日番谷が手にしていた筆をカタリと硯に置いた。
そうして眉根を思いっきり寄せたまま、どんよりと溜息をつく。
「もし、ダメだっつってもお前のことだ。どうせ仕事にならねえんだろ。仕方ねえ……30分だけだぞ」
「え?いいんですかっ!?やったぁ、たいちょったら身長も心も少しだけ大きくなりましたねえ」
「……休憩、5分にしてやってもいいぞ」
余計なことを言う松本に眉をひそめながらも日番谷は席を立って長椅子に座を移した。
それを見て、松本は笑みを浮かべながらいそいそと茶を入れる準備を始める。
運ばれてきた茶を啜りながら、日番谷がふと思い出したように顔を上げた。
「そういや、昨日檜佐木がなんか茶菓子持ってきてなかったか?」
「ああ、そうだ、なんか有名なお店のお煎餅買って来てましたね。食べます?」
「ちょっと小腹が空いたような気もすんな。出してくれ」
はぁいと返事をして松本が立ち上がり、戸棚から袋を取り出して振り向けば、日番谷が背中を丸めて茶を吹き冷ましていた。
その表情がなんとも子供っぽくて、背の低かった頃を思い出し、松本の口元は自然と綻ぶ。
立ち上がればあと少しで松本に並びそうなほど成長した日番谷は、年齢にふさわしい落ち着きと男らしさをかもし出すようになったが、こうして松本と二人で過ごすときには今までと変わらない、どことなく子供が背伸びをしているような顔を見せてくれる。
(なんだかんだで、可愛いのよねぇ……こんなこと言ったら怒られそうだけど)
気を許した表情を自分だけには見せてくれる、そのことが嬉しくて松本は鼻歌交じりに日番谷の向かいに腰掛けた。
お茶を啜りながら、ちらりと見上げれば日番谷と目が合う。
「ん……なんですか?」
「いや……ホントお前は仕事サボってるときが一番幸せそうだと思ってよ」
「ひどいなぁ、ただサボってるだけだったらこんなに楽しくはないですよ」
たいちょと一緒にサボるってのがいいんです、と笑った松本に日番谷が苦笑する。
「俺は正当に休憩取ってるだけだ。サボってんじゃねえ、お前と一緒にすんな」
「はいはい、あたしもこの後はちゃあんと仕事しますってば。……あふ…なんだか眠くなってきましたけど」
はは、と笑うがそれもすぐにあくびでかき消される。
日番谷はそんな松本を片眉をあげて睨み溜息をつく。
「おい、寝るなよ。休憩は30分だけしかやらねえからな」
「いやぁ、分かってるんですけどすっごく眠くなっちゃいました。……ぁいちょ、すみませんけど、少し……」
寝させてください、という言葉も途切れて松本がことり、と長椅子に上半身を横たえる。
しばしその姿を黙って見ていた日番谷は心の中で60秒数えて、静かに席を立って松本の傍らに立つ。
そうして、つん、と頬をつつくが松本が起きる気配はない。
「松本……?」
呼んでみても、開かれることのない瞼と規則的な吐息に、日番谷はにんまりと笑みを浮かべた。
「……こりゃまじで効くの早えな」
懐に手を差し入れ、小さな包みを取り出して目の前で振ってみる。
荻堂から譲ってもらった新製品。
その効果は予想以上に日番谷を満足させるものだった。
日番谷は長椅子に横たわる松本を見下ろす。
ちらりと覗く胸元が大いに男心をくすぐって、日番谷はぺろりと唇を舐めた。
「さて、と……」
松本の袷にそっと手を差し入れながら、日番谷は湧き上がる笑みを止められずに肩を震わせる。
聞こえることはないと知りながら、松本の耳元に唇を寄せて、笑いをかみ殺しながらそっと囁いた。
「……いただきます」
* * *
「なーんかよく寝たのに余計疲れちゃった気がするんですよねぇ」
「……寝すぎだ。三時間も爆睡しやがって」
「たいちょも起こしてくれればよかったのにぃ」
「めんどくせえ、そんな手間かけてられっか」
残業をしながらぶつくさ言う松本を横目に、大いに楽しんだ日番谷は書類の陰でひっそりと口元を綻ばせた。
そうして心の中で呟く。
(……ごっそさん)
氷猫様、Happy Birthday♪