Claps

□STAND BY...
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拍手ありがとうございます。
以前別のところでUPした駄文を改稿したものですがよければどうぞ!




STAND BY...




付いててなくていいんですか、とあいつは言った。

誰に、とは問うまでもない。
目の前には傷つき、やつれ果てた幼馴染が横たわっている。
かすかに上下する胸部以外に、『生』を感じさせるものはなく、乾いた唇、青白い肌はまるで死人のようだ。

「隊長、付いててなくていいんですか?」

問いかけに答えようとしない俺に松本は再び問いかけた。
静かに眠る雛森を見つめる瞳は痛わし気で、心から雛森を心配しているのが伝わってくる。
大切な人でしょう、心配でしょう、と語りかけるような問いかけに俺は小さく吐息した。

「卯の花だって診てくれてる。俺がここにいたってできることなんてなんもねえだろ」

「でも……目が覚めたとき隊長までいなかったら、誰が雛森を支えてやるんです?」

現世へは私たちだけで大丈夫ですから、と松本は安心させるように笑って見せた。
雛森を支えてあげてください、と。

――じゃあ、お前は?

「?」

おれの呟きに松本は目を瞬かせる。

「お前の事は誰が支えんだよ」

藍染達が尸魂界を去ってから瀞霊廷は重苦しい空気の中にあった。
旅禍の侵入に始まり、隊長同士の対立、戦闘、そして裏切り。
多くの隊士が傷つき疲弊していた。
あの京楽ですら滲み出る憂いを隠せずに沈みこんでいることもあるというのに。



松本は泣かない。



雛森を気遣い、吉良を慰め、傷ついた隊士たちを見舞いながら、笑顔を絶やさなかった。



お前だって裏切られたんじゃないのか?
お前だって大切な人間に置いていかれたんじゃないのか?
お前だって傷ついたんじゃないのか?
お前だって……支えが必要なんじゃないのか?




「や…やーだな、たいちょったら。あたしはあれくらいじゃへこたれませんよぅ」

強い女なんです、と笑ってみせる松本の笑顔に無性に苛立ちが募る。

「お前が強い女だってのはわかってる。だからって傷つかないわけじゃねえだろうが」

吐き捨てるようにいった俺の言葉に、初めて松本の顔がこわばった。
弱い奴が傷つけば、周りはそいつを庇い、支え、癒そうとするだろう。
だが強い奴が傷ついたときは?
その強さ故に誰にも弱音を吐かず、一人立とうとする奴は塞がらない傷を抱え、苦しみ続けることになるんじゃないのか?
泣くことすらできないほど強いからこそ、誰よりもつらいんじゃないのか?



だったらそれに気づいた奴が支えてやらねえでどうする。
泣けねえってんならせめて、傍に立って肩を貸してやるしかねえだろうが。

「松本」

俺は松本を振り返り、その碧い瞳を真っ直ぐに見上げた。
俺に迷いがないことを伝えるように目を逸らさずに言葉を繋ぐ。

「お前は十番隊の副隊長だ。俺の副隊長だ。一人で勝手にうろちょろしてねえで黙って俺の後ろに立ってろ」

すまねえ、雛森。
お前が昔から俺の守るべき存在って事に変わりはねえ。
お前の信頼を裏切った藍染を許す気もねえ。
だけど、誰にも頼ることもしねえこいつを放っとくこともできねえんだ。
こいつを支えてやれんのはたぶん、今は俺だけだと思うから。


松本は大きく目を見開いたまま立ち尽くしている。

「返事はどうした」

「……」

「松本」

「……はぃ」

消え入るような返事にかすかに震えを感じて、まじまじと松本の瞳を見やったが、そこに光る雫はない。
ほとほと強い女だと嘆息し、多少の悔しさを感じて金糸のような髪の一房をつかみ、軽く引っ張ってやる。

「目ェ離したらお前どこ行くか分かんねえからな。監視役だ、監視役」

「イタタ…。ひどいですよぅ。あたしだってやるときはやるんですから!」

行くぞ、と踵を返し病室を後にする俺の後に続きながら、松本は唇を尖らせる。

「俺はこの何十年かお前がやる気を出したとこを見たこたねえが、いつか見れんのか、ソレ」

「必要とあればいっつでもお見せしますとも!!」

無駄にでかい胸を反らして言い切る松本に俺はニヤリと笑ってみせる。

「へえ、それじゃこれから見せてもらおうか。隊舎に戻ったら処理しなきゃならねえ書類が山とあるからな」

「……い゛っ」

「大言吐いたんだ、期待させてもらうぜ?」

ヒクリと松本の唇が引きつる。
この忙しい時期に隊長と副隊長が抜けるのだ。
片付けなくてはならない仕事は山のようにある。
そもそも俺の現世行きこそ、認められるはずはないのだ。
いくら破面の成体が出現し、看過できなくなったとはいえ、隊長自ら斥候役を務めるなど。
山本のジジイは難色を示したし、砕蜂は真っ向から反対した。
しかし、一時は諦めかけた俺を擁護してくれたのは京楽と浮竹の二人だった。
俺の現世行きが許可された隊首会の後、一番隊隊舎を出る俺に並んで、

「副隊長を支えてあげるのも隊長の仕事だからねぇ」

と京楽は言い、

「あの面子じゃ朽木が苦労しそうだ」

と浮竹は笑ってみせた。
それぞれのおどけた様子の中に、他隊ではあるが弱さを見せない松本を気遣う心が見える。

「…うす」

気恥ずかしさに声は小さくなったものの、悪い気はしなかった。
松本の傍にいて、支えてやれるのはこいつの隊長である俺にしかできないことだ。
だったら、俺がお前と共にあるのは当然だろう?




「たーいちょー、せっかくだしお茶でも……」

「しねえ」

この期に及んで悪あがきをする松本の袖口を引っ掴んで歩きながら、俺はばっさりと切り捨てた。

「たーいちょー」

「まっすぐ帰る。茶もしねえ。飯もあとだ」

「じゃなくて」

足を止めた松本をじろりと見やると、松本は袖口を掴んだ俺の手にそっと自分のそれを重ねた。

「ありがとう…ございます」

柔らかに微笑んでそう口にする松本を、泣かせてやれるだけの器量なんて持ち合わせてねえけど。
お前が立つ、その傍にいつだっていてやる。

「……おう」



お前を一人になんて絶対させてやらねえ。

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