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□たとえば君が【L】
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小鳥のさえずりが響き、障子の隙間から朝日が柔らかな光を差し込んでいる。
隣室からは朝食の準備をしているのか、まな板を叩く音が小気味のいいリズムを刻む。
日番谷は寝起きのぼんやりとした頭ながら、気分の良い寝覚めに口元を綻ばせた。
布団に包まったまま、心の中で数を数える。
五、
四、
三、
二、
一……

「たいちょ?起きてます?」

コン、と小さく扉が叩かれ、いつもの時間通りに松本の声がかかった。

「ああ……今行く」

布団から身を起こし、まるで今目が覚めたかのような口ぶりで応える。
この瞬間が好きだ。
何十年と繰り返してきた習慣。
交わす言葉の気安さに、じんわりと心が温まる。
寝乱れた夜着を軽く直し隣室に行けば、顔を上げた松本がぷっと吹き出した。

「たいちょ、後ろのとこ寝癖ついてますよ」

「いんだよ、どうせ後で適当に直すんだから」

「十分背だって高くなったんだし、髪の毛立てなくってもいいのに」

「別に、背が低かったから立ててたわけじゃねえ」

憮然としながら膳につくと、絶妙のタイミングで味噌汁が差し出される。

「強がっちゃって。どうせ今更髪の毛下ろしたら、背が低かったから髪の毛立ててたって認めるみたいで嫌なんでしょ?」

「……るせ」

受け取った味噌汁に口をつけてじろりと睨むがこれしきのことで松本は日番谷に遠慮したりはしない。
松本の胸までしかなかった身長も、今では並べばつむじを見下ろすことが出来るほどになった。
彼女の身長を越えた日にはあまりの嬉しさに隊士全員に酒を振舞い、呆れさせたものだ。
それももう数年前の出来事。
今では松本を見下ろすことにも慣れてしまった。
それだけの月日が、二人の繋がりを確かなものにしている。
目には見えないその心地よい空気を感じながら、卓上の漬物に箸をのばした日番谷はそういえば、と顔を上げた。

「今日はお前、新人連れて研修だって?」

「ですよ。三席も四席も出張中なんで五席と一緒に行ってきますね」

「羽目外させるんじゃねえぞ。ついでにお前も羽目外すなよ」

「場所は流魂街の外れの辺鄙なとこですよ?羽目の外しようもないですって」

「そこを全力で外しにかかるのがお前だろうが。帰ってから報告書まで今日中に上げてもらうからな。帰り際に茶屋とか寄るんじゃねえぞ」

「ええ〜っ!!」

「って、お前の今日の仕事誰が片付けると思ってんだ。午前中から出発して、新人連れてても夕方前には戻れんだろ。さっさと帰ってこいよ」

その言葉にしぶしぶと返事を返した松本の不満そうな顔を見て日番谷は笑う。
確かに、新人を引き連れての研修ほど面倒なことはない。
出張と重なったことを報告に来た三席も、面倒事から解放されるとあって心なしかホッとした顔をしていた。

「そんかわり、昼飯は好きなとこで食ってこい。経費で落としてやるから」

仕方ねえな、という日番谷の言葉に、不満顔の松本はころりと表情を変えて飛びついてきた。

「やったっ!!たいちょ、話がわかるぅ。大好き!!」

「胸を押し付けんな、胸を。暑苦しい」

「もう、そこらの男だったら大喜びですよぅ。こーんなナイスバディー押し付けられて暑苦しいだなんて」

「そこらの男と一緒にすんじゃねえよ、ったく」

松本を押しのけながら、日番谷は嘆息する。
大喜びどころか、下手をしたら押し倒してしまいそうになるから止めろという意味で言ってはいるのだが、そんなことを口にすれば松本はどんな顔をするだろうか。
そもそも、ほんの子供の頃から、そういった意味で想っていることなど、松本は想像もしていないに違いない。
だからこそ、今でも平気で抱きついてくるんだろうな、と日番谷はどんよりとした気分で残りの飯をかき込んだ。

「たいちょ、たいちょ。お礼に今日の夕飯はたいちょが好きなもの用意しますね」

「別に普通でいいぞ」

「んん〜、まあ、豪華な、とはいきませんけど、何食べたいですか?」

「肉」

日番谷の端的な物言いに、松本は笑いながら頷いた。

「じゃあ、久しぶりにハンバーグにでもしましょうか。現世行ったとき、はまってましたもんねぇ」

「懐かしいことをまた思い出したもんだな。でもまぁ……そういや食ってねえか、最近」

現世ではお子様が好むものだと言われ、松本やら他の者たちにえらく馬鹿にされた肉料理。
十年以上前、現世に滞在したとき、初めて食べたハンバーグにいたく感激して、以来それが密かな好物になっている。

「じゃあ、今日はそれにしましょうね。たいちょの好きなおろしハンバーグ」

「豆腐は混ぜんなよ」

「まだ根に持ってるんですか。あれはあれでヘルシーでいいんですよ」

「食った気がしねえから嫌だ。そもそもダイエットしてるのに無理してハンバーグを食う奴の気が知れねえ」

「あれは、たいちょが肉が食べたいって言うからじゃないですか」

「じゃあ、お前は別のもん食えばいいじゃねえか。俺までダイエット食に付き合わせやがって。俺の身長が伸びんの遅かったのは絶対あの食生活のせいだ」

「別々の食事作るの大変なんですよ、もう。大体たいちょの身長だって、あたしがダイエットやめた後も別に伸びる兆しなんてありませんでしたけど」

唇を尖らせた松本が、不意に壁の時計を見上げ、やば、と口元を押さえる。

「たいちょ、大変。時間ですよ、急がないと」

時計を見れば着務予定時刻まであと四半刻。
いつもよりものんびりと朝食を摂ってしまっていたらしい。
そうして慌しく食器を片付ける松本を呼び止めたのは、特に理由があったからではない。

「松本」

振り向いた松本はいつもの松本で。
日番谷は食後の茶を呷りながら、いつもと変わらぬ口調でぶっきらぼうに告げた。

「気ぃつけて行ってこいよ」

「はい」

そう言って笑う松本に日番谷も笑みを返す。



そんな、朝だった。






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