短編

□すれ違う心
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ーーーーいつからか
貴女を目で追うようになったのは

恋だの愛だの、もうとっくに興味が尽きていたと思っていたのにーーーー




「はい、確認いたしました」

提出された書類に判を押し手渡す。
視線は次の書類へ向け、
無愛想に対応する。

『・・・ありがとうございます。
あの・・・有給の件ですが・・・』

めずらしくはっきりしない物言いの彼女は、
下を向き書類を握りしめている。


「申請書は確認しました。まだ何か?」

私はいまだ視線は書類に向けたまま。




できれば早く去ってほしいものだ。

彼女が現れると苛々してしまう自分に腹が立つ。
理由はわかっている。
しかし認めたくない「この感情」。


有給を何に使うのか。
誰と過ごすのか。
そんな女々しい事を考えてしまう自分に怒りを覚え、
思ってもいないことをこぼす。


「有給に関しては何も問題ありません。
まだお若いですし・・・殿方とでもたくさん遊んできてはどうですか?」


彼女が握りしめている有給申請書に目をやり、
鼻で笑う。

こんな事言うつもりではないのに。


気付けば、
彼女に会うと、嫌味をこぼすばかりだ。

容姿端麗で品があり、どこか儚げで。
もちろん男が放っておくはずがない。

いつも彼女の隣には、
日ごとに変わる男共がいる。

見ている限り、
彼女が軽薄なのではなく
男共が勝手に付きまとっているだけ。

反面彼女は、
誰に対しても同じ笑顔同じ対応。
もちろん私にも。

それがおもしろくない。

この獄卒内で働く女性のほとんどが、
自分に色目を使ったり媚を売ったり、
必要以上に気を遣ったり。
何はともあれ他の者に対する態度とは異なるのに、
この女は変わらない。

気に入らない。

そしてそんな事を「気にしてしまっている」自分が情けなく腹が立つ。
これではその辺の青臭い餓鬼と何ら変わりないではないか。


はぁ、と深いため息をつき、
ここまできてやっと彼女の目を見る。




「・・・っ!?」


ガタっと音を立て椅子から立ち上がる。


ほろり。


彼女の雪のように白い頬に一筋の涙。



『私っ・・・何か失礼な事でもしたのでしょうかっ・・・・・』

嗚咽交じりに言葉を紡ぐ。



いつもポーカーフェイスの彼女が目にいっぱいの涙を溜めている。

そもそも、
冷めた態度をとったのは今日に始まったことではない。
なら何故泣いている?

わからない。

わからない。




「あの・・・。」

柄にもなく取り乱してしまい、
彼女の涙を拭おうとした。



伸ばした手は虚しくも空を切る。




『失礼しますっ・・・』

触れる直前、
この手から逃れるかのように走り去る彼女。


伸ばした手は引っ込める事もできず、
そのまま、ただただ後姿を眺める。

そんな姿にも見惚れてしまう私はもう末期だろう。

ふと、足元から光が反射し目を細めた。


「これは・・・鬼灯・・・・・?」

ガラスでできた二つの鬼灯が揺れる簪(かんざし)。






気付いたら私は書類も金棒もぶん投げて



走り出していた。





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