血に飢えた君よ




痛い、痛い、いたい、イタイ。
首筋に突き刺さるあいつの牙が酷く熱い。
焼けた鉄を無理矢理皮膚の中にねじこまれたような感覚。
苦しみから逃れようと僕が視線を巡らせた先に、あいつの微笑があった。
血色に底光りする目。
それは本来僕が、ヴァンパイア・ハンターである僕の一族が殺すべき相手。


「こ…の……吸血鬼っ…」


僕は必死に抵抗しようとするけれど、牙の熱さにそれも叶わなくなった。
15歳の僕が大人の体をした純血の吸血鬼に敵うわけがない。
目の前に転がる両親の死体。
二人でさえも敵わなかったのだから。


「がっ、あ……っ」
「クス……痛いか?」


首筋から離れたあいつの口を、僕の血が落ちる。
僕を支えていたあいつの体が離れて、僕は自分と両親の血に濡れた床に崩れた。
憎悪に染めた目を向けると、あいつはまた口元を歪めて笑った。
血が髪に付着するのにも構わず、黒髪をかきあげる。


「っは……あ、お前っ…」
「俺達を狩る奴の血がこんなに美味いものだとは……知らなかったな」
「こんなことをして…一体何になるっ……」


くい、と顎をすくいあげられる。
無理矢理上を向かせられ、再びあいつと目が合う。
漆黒の髪、深層に紅を隠す紫の目。


「ハンターのお前なら解るだろう……?純血の吸血鬼である俺に咬まれた自分がどうなるか」


幼い僕だって、それくらい解る。
純血のヴァンパイアに咬まれた人間は、ヴァンパイアになる。
そして自分を咬んだ純血のヴァンパイアに従属するしもべとなる。
つまり、僕は無理矢理あいつのしもべにされたのだ。


「嬉しいだろう?俺の下僕となることが出来て」


胸ぐらを掴まれて、引き寄せられる。
気付き始めていた。
僕の体の中で遺伝子が組み換えられていくのを。
気持ち悪いだけだった血臭が、甘い香りになっていくのを。


「もうお前は俺に逆らえない」


なぁ、スザク。
ずっとお前が欲しかったんだよ。


「…お前はっ……僕が、殺すっ……!」
「無理だよ、スザク」


お前はもう俺のモノなのだから。











―†―


僕がルルーシュに咬まれ、吸血鬼となってから3年が過ぎた。
ルルーシュの外見は全くといっていいほど変わっていないのに、元人間のヴァンパイアには成長があるらしい。
18になった僕は身長もルルーシュと同じくらいになった。
あの日から、僕は毎夜ルルーシュに血を捧げるようになっていた。
ルルーシュに逆らうことの出来ない僕にはどうしようもないことで、名前を呼ばれ、命令されればそれまでだった。
ルルーシュの低い声に、しもべとなった僕の体は従順に従ってしまうのだ。
そして今夜も。


「スザク、おいで」
「嫌だ」
「スザク、俺の言うことが聞けないのか?」


ぐっと唇をかみしめて、僕は懐に手を伸ばした。
そこから僕が銀色の対ヴァンパイア用の銃を取り出すのと、ルルーシュの手が僕の喉に伸びるのとは、ほぼ同時だった。


「何のつもりだ、スザク」
「3年前に君に言ったはずだ、僕は君を殺す」
「本気か」
「あぁ」


ルルーシュの手に力がこもり、若干喉が締まる。
息苦しい。
それでも僕は銃口をルルーシュに向け、引き金に指をかけていた。


「お前ときたら……毎夜俺に喰われ、しもべとなっているのに平気で俺に牙を向いて……」


躾が必要だな?
ルルーシュがそう僕の耳元で囁いた。


「何度お前を殺そうと思ったか。だがあっさり殺してしまっては面白くないだろう?」
「うっ!?」


腹部に激痛が走った。
ルルーシュが僕の腹を蹴りあげたのだ。
正直、驚いた。
ルルーシュは僕に命令することはあっても、僕を傷つけるようなことはしなかった。
驚いた僕の顔を見たルルーシュは、笑っていた。


「いつも俺がお前を求めるばかりだからな……。今日は俺を求めてもらおうか?」
「何をいっ……!?」


ルルーシュの手が本格的に僕の喉を絞める。
息が出来ない僕は苦痛に顔を歪め、ルルーシュを見上げるばかりだ。


「元人間のヴァンパイアはいつかレベルEに堕ち、理性を失う……」
「うぁ、あ」
「最近血液錠剤を飲むだけでは押さえられないほど、飢えが激しいんだろう?」
「そ、な、こと」
「嘘をつくな。堕ちそうなのを堪えていることくらい解る。」


ルルーシュが言っていることは正しい。
飢えを抑える血液錠剤を飲むことで今までどうにかなってきたが、もう限界は近いようだった。
飢えの間隔がせばまっているのだ。
じきにレベルEに堕ちるだろう。
そうしたら、その先にあるのは死だけだ。
ハンターの抹殺リストに載り、ハンターが理性を失い血を求めるだけの獣となった僕を殺す。


「死ぬのは嫌だろう?」


答えられなかった。
ルルーシュに喉を絞められているからじゃない。
もうすでにルルーシュの手は僕の喉から離れていた。
ルルーシュの純血のヴァンパイアのみがもつ恐ろしさにおされたのだ。


「レベルEに堕ちれば、助かる方法はない。だが、1つだけ―――」


ぐちゅ―――。
ルルーシュは自身の首に爪をたてると、えぐるように強くひっかいた。
そこからぽたぽたとルルーシュの血が落ちて、僕の頬につく。
生暖かいルルーシュの体温を感じ、僕は顔をしかめて目を閉じた。


「聞け、スザク」


ルルーシュの顔が僕の顔に近付くのが、目を閉じていても分かった。
ルルーシュの息がかかる。
目を閉じているせいで聴覚と嗅覚が鋭敏になっているようだ。
血の臭いに僕の理性が吹き飛びそうになる。


「俺の血を飲むんだ」
「!?」
「純血種である俺の血を飲めば、レベルEに堕ちるのをくい止められる」


驚きに瞼を開けると、あの日と同じ瞳があった。
血色に底光りする、赤みをさした紫の瞳。
漆黒の髪の間で光るそれは、森の中で気配を絶ち、瞳だけは標的を逃さず見つめる獣のようで。
ぞくん、という恐怖の後に僕を襲ったのは、それとは正反対のものだった。


「あ、くぅ……」


滴るルルーシュの血に、反応してしまう。
理性の枷が外れてしまいそうだ。
血の香りは僕にとって甘美なショクジの香りに等しい。
それが純血の吸血鬼であるルルーシュの血の香りなら、なおさら自身の欲望を抑制することは無理に思えた。
それでも、憎いルルーシュの血を吸うなんてことは出来ない。
例え、その血によって僕が助かるとしても。


「っ…嫌だ……」
「ほう……こんなに躯は正直なのにな」


顎をすくいあげられ、ルルーシュは僕の顔をガラス窓の方へ向けた。
そこに映っていたのは、ルルーシュと同じ紅に底光りする僕の瞳。
血を欲するヴァンパイアの瞳だった。


「う、いや…だっ……」
「これがお前だよ、スザク」


ルルーシュが喉の奥から笑う。
瞬間、僕の対ヴァンパイア用の銃をルルーシュが取り上げ、僕の太股を撃った。
激痛が襲い、僕は体をくの字に曲げた。


「ぐっ、ああああっ!あっ、は、っあ、う……」
「お前は不思議な運命を持っているな。ヴァンパイアハンターの家系に生まれ、ハンターでありながらヴァンパイアの肉体を持つ……」


痛みにいよいよ理性が薄れ始めた。
ルルーシュの声が遠ざかっていく。
息が荒くなり、ガラス窓に映る僕の瞳の紅が一層濃くなった。
今すぐルルーシュの首に咬みついてしまいたい。
その喉をくい破り、皮膚を裂いて血管から血液を求めたい。
それをしないのは、最後に残った僕の理性。
もう、ほとんどと言っていいほど残っていないけれど。


「あ、はっ、うう…くっ」
「スザク、俺の血が欲しいか?」
「い、ら…ないっ……」
「苦しいままだぞ」


それはそれで俺は楽しいから構わないけれどな。
そう言ったルルーシュは、また僕の体に銃弾を撃ち込んだ。


「あぁあああぁ!!!!」


抵抗も出来ず、僕は叫び声をあげるだけで。
傷はさらに血を求めて僕の瞳の色を深めた。
やがて僕の意識は、完全に欲求を満たすためだけに動く獣に呑まれ、僕の理性と意識は吹き飛んで消えた。


「そうだ、スザク。それでいいんだよ」


理性と欲望の狭間、最後に聞こえたのはそんなルルーシュの声だった。





血に飢えた君よ
(君が僕の血を口にした時から、僕は君のもの。僕を創り変えた第2の神。)

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