僕が君を知ったのはいつだったか。
確かそれは雪原の戦場だったと僕は記憶を巻き戻す。


君葬送
―序―





足下に転がるいくつもの死体を冷たい視線で見つめ、スザクは馬に乗ったまま降りるそぶりも見せなかった。
死者を労る気も起きず、ただ見つめていた。
その死者達が生前スザクのことを慕っていたとしても。
戦場に出れば死ぬのは当たり前のことだ。
それをスザクはよく理解していたし、何より彼らがどんなにスザクを慕っていようとも、スザク自身は何も思っていなかったのだから。

こんな伝説がある。
この世界という箱庭を創られた神……『主』は、世界を作る際にとあるシステムを組み込んだ。
『玄冬』と『救世主』。
人が人を殺しすぎると『玄冬』が生まれ、『玄冬』を媒介にして雪が降り、やがて世界は雪に覆われて死に絶える。
そして雪は『救世主』が『玄冬』を殺すまで人を滅さんと降り続く。
この世界を救う手だては1つだけ。
世界のどこかにいる『玄冬』という存在を『救世主』が殺すこと。
たった一人を失うことによって全人類が救われるのだ。

スザクはその一方だった。
出生の時から『玄冬』を殺すさだめを背負う『救世主』。
この運命を悲しいとは思わなかった。
世界のために誰かが犠牲になるのは当然だと思った。
何よりずっとスザクの側にいてくれた優しい人が、世界を救うことを望んでいたから。
彼女のためにスザクは世界を守ろうとしていた。
自分にはこの残酷な運命の他に彼女しかないのだから、と。

からっぽの心に無理矢理使命を閉じ込めて、感情が生まれる前に義務が意思を支配した。
ただ、言われるがまま。
使命のまま、さだめのままにスザクは生きてきた。
だから、唐突なその出逢いはスザクを救ったのだ。


何に呼ばれたのか、スザクはふと顔を上げた。
それはどんな動作よりも自然で、呼吸にも似たあまりに必然的な動き。
そしてその視線の先に彼がいた。
雪原の上に幻のように立つ黒い影。
彼も馬を駆り、雪をしのぐためか深く漆黒のマントのフードをかぶっていた。
目を凝らす。
あの雪の中に立つのは誰なのか、スザクは気になって仕方がなかった。
声をかけようか、とスザクが薄く唇を開いた時だった。
突風のような吹雪が二人の間を抜けた。
スザクは雪が目に入るのを防ごうと目を閉じる。
彼のフードが風で捲れる。
次にスザクが目を開くと、時間が止まっていた。

思わず声をあげる。
まるで体中の血液が逆流するようだった。
フードで隠れて見えなかった彼の顔を、スザクは知っていた。
いや、正確には彼の顔を知っていたのではない。
彼が何なのかをスザクは知っていたのだ。
雪の中でも比較的白いと分かる肌、漆黒の髪、揺れるアメジストの瞳。

「あ…ぁっ…」

動けない。
は、は、と短く呼吸をすることしか出来ない。
瞳は紫電に貫かれ、鋼の空気を吸い込んだ胸は熱く、喉は絶叫の後のかんばつを訴える。
彼は、彼は、彼は。

「ルルー、……シュ…」

僕が殺さねばならない人物……『玄冬』だ。








―*―

血液が逆流するかのような錯覚を受けたのは、スザクだけではなかった。
『救世主』……スザクと目が合った彼もまた、運命の出会いを諭す痛みを感じていた。
表情こそ変えなかったものの、動きだすことは出来なかった。
自分を殺す人間に出会ってしまった……それに対する恐怖?

いや、違う。

感動だった。
『玄冬』……ルルーシュは、彼の真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐな緑の瞳に感動していた。
『救世主』というからには神々しさを秘めた存在で、正義の象徴そのものなのだろう、というルルーシュの予想は外れていた。
しかし、失望したわけではない。

(むしろそれ以上だ……)

目の前にいるのはただの……そう、ただの一人の人間だった。
ルルーシュと何ら変わりない、普通の少年だった。
ただ1つ違うところがあるとすればそれは、彼の翡翠を思い起こさせる瞳。
驚愕に目を見開いて、動揺を隠しきれていないようだが、そこからルルーシュは彼の素直さを知る。
自分のように自身を偽ることを知らず、真っ直ぐに生きてきたのだろうと。
もっとこの瞳を見ていたい。
しかしルルーシュは自ら視線を外した。
これ以上見つめ続けるとどうにかなってしまいそうだった。
踵をかえし、彼に背を向ける。

(今はまだ……かいこうの時ではないな…)

どうせ彼に殺されて終わるのなら、もう少しあらがってやろうじゃないか。
ルルーシュは微苦笑を浮かべ、歩き出した。





―――――――――
花帰葬でルルスザでした。
続きますよ。
ギアスのコンプリートベストを買った後本屋に行ったら花帰葬の2巻が出てまして……。
これは書かなくては(笑)と思ったのです。

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