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□相性≠欲情
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はっきり言ってこいつとの相性はよくない。
口を開けば悪口雑言。目が合えば喧嘩勃発。
互いに牽制し合い、常からも必要以上の言葉は交わさなかった。

こいつはクルーの中でもコックと言う職業柄、一番せわしく動き回っていると思う。
料理も仕込やら下拵えとかで妥協することなく、一日中キッチンに居ることも多い。
逆に俺は戦闘員として何か異変に遭遇したときのために天候の悪い日以外は日中も甲板から船内に入ることは少ない。
食事時や雨の日は全員がキッチンに揃うため個人的に大した接点はなかった。
まぁ、相性が良くない分、敢えて避けていたことは否めないが。

この日、珍しく晩酌をキッチンで嗜んだのは久々に降った雨の所為だ。
いつもは甲板で月見酒としゃれ込むが、この日は特に何も考えず、酒を強請りにキッチンへ足を向け、そのままその場で晩酌したというだけだった。
二人で飲み始めたのも、長期航海で食料が尽き始め、一日の食事が2食に制限された為、コックの仕事が早めに一段落した所為だ。

酒を強請りに来た俺に最初はぶつぶつと文句を言うコックだったが、珍しく俺が晩酌の許しを請った所為か、比較的簡単に落ち、自分も寝酒と称してワインを開けた。
二人でその場に留まり、ちょっとした世間話で盛り上がった。
ま、しゃべりの比率は違うが…俺たちの間ではかなり珍しいことと言える。





夕食の後片付けと翌日の仕込を終わらせてコックが一息ついたのはかなり夜も更けた頃だったと思う。
テーブルを挟み、対面に腰を下ろしてコックは秘蔵のワインを、そして俺は少しアルコール度の高いラム酒を飲んでいた。

「今回の航海は長いとは聞いていたが、そろそろ2ヶ月だぜ。やべーよなぁ。」

ワインを半分ほど開けたあたりで、ほろ酔い気分のコックはグラスを弄びながら独り言のように呟いた。

「やべーって食糧か?」
「ああ、食糧も。あの底なし胃袋ルフィも。そして、俺も。」
「お前も?」
「代わり映えのしねぇ毎日でストレスたまるし、フラストレーションたまるしよ…。」
「ああ…欲求不満か。」
「てめーはストレート過ぎんだよ!俗物的にハッキリ言うな!」
「あほか、同じことだろーが。」
「同じことでももっとオブラードに包めよ、オブラードに!これだから毬藻は…ったくよ。ブツブツ…」
「何がオブラードだ。」
「毬藻と言えどてめーも同じだろ?同じ男なら分かるだろー?この辛さ。」
「………。」
「ああ〜セックスしてぇ!!」
「てめーの方がストレートじゃねーか!!」

ほろ酔いだと思っていたが、結構な泥酔状態だったコックは、支離滅裂だ。
同じクルーとして長く航海を共にしてきたが、初めてといえるコックとのこんな会話に少しばかりか俺も楽しんでいたのは確かで。
ぐでんぐでんのコックはテーブルに顔を埋めて駄々をこねる子供のように見えた。

ワインまだ半分だぜ。
酒、弱すぎなんだよ。
ま、コックの辛さもわからなくもないが。

「だったらナミに頼めばいーじゃねーか。」
「天地がひっくり返っても無理だな。」
「だろーな。」
「…なあ。だから、さ。この際…。」
「?」

コックはゆっくりとテーブルから顔を上げ、食い入るように俺を見た。
片目しか見えない眼光はユラユラと揺れている。


「やろ?」
そのコックの言葉に自分が一体何を言われたのか分からず、青く光る瞳を凝視した。

「は?」
やろう?何を?

「セックス。」

端的に言い放ったその一言に眩暈がした。
女好きラブコックの言葉とは到底思えない。

「はぁあ!?てめ…言ってる意味わかってっか?」
「あったりめーだ!だから。な?やろ?」
ガタリと椅子を引いて立ち上がったコックに青ざめた。

何が「だから。な?」だ!!
絶っっっ対ぇ、こいつわかってねー!
ネジが1本…いや、10本ぐらいぶっ飛んでやがる!

テーブルを伝いながら縺れる足でよろよろ近づいてくるコックに呆れ、溜息が出る。

飲みすぎだ。
今までの会話を翌朝ハッキリした頭で思い出したら絶対ショックを受ける…。

「………。」
ショック?

そう思ったらコックのその姿が目に浮かんだ。
この世が破滅しそーな、落ち込んだ姿が。
男を自分が誘ったと知ると期待通りの姿を見せてくれるだろう。
想像しただけで、笑えてくる。

面白え。
止めを刺しておくのも一興だな。
後悔して間抜け面を晒しやがれ、エロコック。

縺れた足で漸く俺の目の前まで来たコックは顔をアルコールで赤く染め、視点の定まらない瞳で見下ろしていた。
確かに欲情の色を滲ませてはいるが、もう後悔し始めたのだろうか、逡巡している。
どうしたらいいのか分からないのか。
俺は笑いを堪え、コックの両頬を片手で掴み込むとそのままぐいっと引き寄せ、息がかかりそうなほど顔を近づけた。
そして囁くように低い声で。

「相手、してやってもいいぜ。」
「え!?」
その瞬間、コックは予想に反し、赤い頬を更に赤く染め、逆に俺の言葉に目を輝かせた。

ああ!?

心臓が大きく弾けたのを感じた。
焦らそうと思っていたのに、予想外の反応に逆に焦ってしまう。

うわっ!
頬を染めるな!

「そ…そのかわり…俺を誘ってその気にさせろよ。」
「さ…そう…?」
「セックスアピールしろってこと。」
「せっくすあ、ぴーる…。」
「………ぷっ。」

両頬をつかまれたままで口を尖らせ、オウム返しのように単語を繰り返すひよこ頭のコックが可笑しい。
顔を赤く染め、からかわれた中坊のようだ。
いや、実際からかってんだけど。

「くくく…。」
「わ…笑ってんじゃねーよ。」

耐え切れず笑い始めた俺に、初めてからかわれたと気づいたコックは少し剥れながら前髪を掻き揚げると怒気を含んだ瞳で睨み付けた。
瞳に光が戻ったことを確認し、これでコックの酔いもさめるだろうと。
我に戻るだろうと思ったのに。

そのまま笑い続けていると不意にコックの口で塞がれた。

「んな!?」

それはほんの一瞬だったが、俺は天地がひっくり返るほど驚いた。
実際、俺の視界はひっくり返ったのだが。

全体重を乗っけてきたコックに驚き、仰け反ったのが悪かった。
椅子に腰掛けたまま、ものの見事に後ろへひっくり返っていた。
背中と頭を床に打ちつけた俺は一瞬記憶喪失にでもなったかのように何が起こったのかさえわからなかった。


キス、した?

この女好き大魔神が?

俺に?


そのままの状態で呆然としていた俺の視界に再度コックのアップが迫っていた。
「…っ!」
一瞬、ほんの一瞬だけ、このまま流されてやろーかとも思った。

しかし次の瞬間、俺の手はコックの顔を掴み上げるように押さえつけた。
重力的に不利な下とはいえ、腕力には自信がある。
これ以上好き勝手にはさせねー!

「な…何考えてんだ!このエロエロコック!」

コックは罵倒にも構わず、俺の指の間から潤んだ瞳を覗かせると。
「なあ、その気にならねー?」

欲情の色を残した瞳。
視線を釘付けにされそうで。
このまま引き寄せてしまいそうな欲求に駆られる。


「…あほか。」
そう言いながらコックの顔を掴んだまま横へずらし、ころんと転がすと自分は素早く立ち上がった。
酒に酔ったように身体が熱い。


やられた…。
このクソコックに当てられた。
くそ!

このままキッチンに残るのは危険だ。
さっさと寝ちまおう。


コックが上体を起すのを見下ろしながら大きな溜息をひとつ。

「俺をその気にさせてみな、エロコック。そしたらいつでも相手になってやるぜ。」
グラスに残っていたラム酒を一気に呷り、そのままキッチンを後にした。


甲板へ出れば雨は既に止み、雲間からは月が覗いていた。
雨上がりの湿った風は火照った身体を冷やすには丁度良かった。


はっきり言ってコックとの相性は良くない。
できれば絡みたくない相手でもある。

なのに何でよりによってあのひよこ頭に欲情しなきゃなんねーんだ!



翌朝、想像したコックの間抜け面が拝め、俺は少しだけ機嫌を取り戻せた。







fin...


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