The Shine of Fenril

□僕たちの痛み
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 どれだけボロボロになっても歩みを止めず、ただひたすらに大切な人を守る為に前に前に進む。
誰かを守るためならば自分がどれだけ傷付こうと構わない。

そんな強い思いに満ちたレイドの背中をアースは呆然と見つめていた。


いつの間にか小さな小さな手は大きく逞しくなり、きちんと大切なものを強く掴んで離さないようになっている。



昔は少しでも母親から離れると顔を真っ赤にして泣きじゃくっていた守られてばかりの小さな小さな赤ん坊。


それがいつの間にか自分なんかよりもずっとずっと立派に、大きくなっていた。


頼りなかった昔と違っていつの間にか大きく育ち今凛と力強く咲き誇る希望の花。


これからまだ何年もかけてこの希望の花はまだまだ大きく育っていく。
彼の輝ける季節はまだまだこれから。
だから、こんなところでむざむざと大きくなろうとしている希望を散らすわけにはいかない。


いや最愛の人との希望を絶対に散らすわけにはいけない。



その為に今自分ができること…。
酒浸りで、体力も低下し思うように体も動かせないこんな駄目野郎でもできることがあるのならば…。


レイドの前に立ちはだかり一斉に引き金に手をかける兵士たちを見つめアースはゆっくりと口を開いた。
そして小さく低い声で囁く。
決して言葉にしてはいけない呪いの言の葉を。


刹那、その言葉に反応した背中に焼けるような激しい痛みが走る。
しかしその痛みと熱を数秒間こらえると重かった宙に浮かんでしまいそうなくらい軽くなった。


拒絶されることが怖くて自らのことを名乗ることもできない意気地無しで情けない馬鹿で愚かな奴だ。
しかしそんな愚かな馬鹿でもまだ我が子の為にしてやれることはまだある筈。


忌み嫌われ続けたこの墜ちた翼でもしも守れるものがあるのならばよろこんでこの翼を晒し、君の身代わりになろう。



足を撃たれて負傷し動けなくなったレイドにとどめをさそうと一斉に兵士たちは目標をはっきりと捉える。



刹那、歌劇場内に突風が吹き荒れた。
それは自然では絶対にあり得ない現象。


兵士たちが戸惑いを見せている間に2階席から狙撃兵たちの悲鳴が響いた。



それに反応してレイドに集中していた兵士たちの視線が一気に2階席に降りた立ったアースに集まる。


「おい、あの男を見ろ!!」


不意に1人の兵士が恐怖に瞳を揺らしてアースを指差した。

兵士たちが一斉にその指の先にあるのモノの姿を歪んだ瞳に映す。


「その背中…まさかアイツは!?」


兵士たちが見つめるアースの背中。
そこには普通の人間なら絶対にないものがあった。
いやあったというより生えていたという方が正しいのかも知れない。



白と黒の左右で相反する色をした艶やかな翼が背中に生えていた。
その対照的な色の翼は暁戦争で人間が畏れ震え上がった《堕天使たちの英雄》の特徴そのものであり、暁戦争に従軍した兵士たちにとっては逃れようのない死の象徴。
従軍していない人間もその堕天使の話を一度ぐらいは耳にしたことがあるだろう。

弱りきったフェンリルさえ殺れば終わり。
だから大人数で一気に攻めて終わらせる。

完全に勝ち戦気分で動いていた兵士たちの顔色がみるみる絶望色に染まっていく。


それも仕方ない。
なんせ《フェンリル》の更に上を行く、“本物の化け物”が現れたのだから。



「死にたくない奴は今すぐここから失せろ」


迫力のある低音の声が響いた。
今すぐここから消えれば命だけは助ける。
アースが兵士たちに与えた生き残る道。

しかし皆が皆、敵に命乞いをしてでも生きるという賢明な判断をするかといえばそうではない。


命乞いなどして敵に媚び惨めな醜態を晒すくらいならばいっそ潔く腹を斬るみたいな信念を持っている奴らなどがその典型的な例だ。


しかし奴らはそんな奴らとは違った。
根本的に違っていた。


「怯むな!!
相手が堕天使の英雄ならば我々にはあのアターシャを倒した英雄がついている!」

「あぁそうだ。
あの御方がいれば怖いものなどない!」


ついさっきまで絶望の色に染まっていた兵士たちの表情に奇妙な希望の光が満ちた。

そしてまるで自分たちのことを話すかのように誇らしげに兵士たちが次々と、この世界を救った英雄と呼ばれる男のことを称え出した。



異様な空気と熱気が押し寄せてくる。
アースは舌打ちし、それぞれに英雄について喋る兵士を睨み付けた。


兵士たちの瞳は気持ち悪いほどギラギラと輝いている。
あれは正気の人間がする目じゃない。
…そうまるで何者に操られているような異様な感情に染まってしまった瞳。






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