The Shine of Fenril
□赤い瞳
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耳障りな足音に叫び声が混じった雑音。
奴らが出す物音すべてがレイドにとっては聴きがたい騒音だ。
いや音だけではない、13年前と変わらない怒り狂った兵士たちの瞳、そして嫌な過去を呼び覚ますこの国のこの街の全てが煩わしくてたまらない。
ここにいるとある恐怖のせいで、本当の自分を保てなくなる。
大切なモノを奪われる恐怖。
やっとのことで手にいれたご飯と僅かなお金。
自分が生きていくのがやっとなのに、レイドに色々と優しくしてくれた大人、友達。
大切なモノを何一つ守りきれずに、奪われてばかりの非力な幼少時代が脳裏によぎる。
強くないと生きていけない。
だって自分も大切な人も傷つくから。
レイドはそんな大切なモノを守る為に、自分を捨てて、魔物を心の奥底に住まわせた。
血に飢えた魔物に心を売ったのだ。
こんなことを知ったらきっとみんなに嫌われてしまうだろう。けれどこれが本当のレイド自身。
他者への恐怖と憎しみの塊。
「13年前、俺たちが受けた苦しみ。
お前らにそのまま返してやるよ」
低い声でそうレイドが言った瞬間、兵士たちが次々と自らの首を抑えもがきながら倒れていく。
まるで見えないなにかで首を絞められているように。
レイドが兵士たちに与えた痛み返し。
「息が出来なくなる気分ってどうだ?
苦しいか?辛いか?」
レイドは笑いながらただその場で首を抑えて必死に酸素を吸おうともがく兵士を赤い瞳で見つめた。
自分と同じ痛みを味わって憎い奴らを死なせるなんて最高だ。
本当に最高な気分だ。
笑いが止まらない。
やがて数分もたたないうちにホール中、酸素を求めて苦しみ、もがきながら死んでいった兵士たち大量の亡骸でうめ尽くされた。
レイドに果敢に挑んだブラングル王国軍の兵士たちは皆、息絶えてしまったのだ。
挑んだ兵士誰1人としてレイドが与えた苦しみの死から逃げることはできなかった。
「雑魚は雑魚らしくおとなしくしてればいいんだよ」
レイドは自分の足を掴んで息絶えた兵士にそう吐き捨て、亡骸をおもいっきり蹴り飛ばした。
世界で一番美しい歌劇場のメインホール今宵もここで美しき歌い手たちの歌声が響く筈だった。
しかし今日このホールで響くのは耳障りな狂喜めいた笑い声と苦悶と断末魔の叫び声のみ。
もはやメインホールはこの世のものとは思えない異常で残酷な光景が広がっていた。
血と肉が燦然と散らばるここはもはやこの世ではない。
地獄だ。
この世に地獄を造り出し、兵士の返り血に染まったレイドは楽しそうに嗤う。
大きな声で狂ったように。
《僕のお星さまは誰にも渡さないよ?
真っ赤なフェンリル、真っ赤なトモダチにそう笑いかける》
それはイレーヌたちが知らないレイドの顔で、レイドを憎む人たちが知っているもう一つのレイドの顔。
《The Shine of Fenril(輝けるフェンリル)》
13年前、ここトロメイアに悲劇をもたらした魔物。
あるはずもないモノに魅了され、狂ってしまった哀れな少年につけられた名前。
「レイドが…あのフェンリル…」
カトレウスは顔を真っ青にして兵士たちの屍が転がるホールのど真ん中でいつまでも笑い声をあげるレイドを見つめた。
「王子、そのフェンリルって…」
イレーヌは何か色々知っていそうなカトレウスに尋ねた。
ここに来る前にも、レイドが赤い瞳になって、人が変わったようになったことが何回かあった。
それと今回も同じなのだろうか?
それにこの街の人間全員が畏怖し、兵士たちが憎悪する赤い瞳のレイド《輝けるフェンリル》それはいったい何なのか。
イレーヌのそんな疑問に最初少し躊躇ったような素振りを見せたカトレウスだが、恐る恐るゆっくりと口を開き、答え始めた。
「フェンリルはね、ある男の子が魔物フェンリルと契約して13年前トロメイアの住人、数百人惨殺した事件の犯人なんだよ」
「…その男の子って…」
「そう…それがレイド」
正直カトレウスが何を言ったのか全くわからなかった。
レイドが魔物と契約したって絶対に信じられない。
本当かどうか知らないが、魔物と契約すればどんどんと人間らしさみたいなのが薄れていくらしい。
けれどレイドは普通に笑うし、怒るし、泣いたところはみたことないけど、悲しいときは悲しんだりする心がある
「カトレウス…レイドは!!「僕だって信じたくない!!
けれどこの臭いにあの赤い瞳母様が言ってた13年前のあの時と同じなんだよ…」
カトレウスは声を震わせながら呟いた。
《お馬鹿なフェンリル、存在しないモノを守るために現実を壊していく〜♪》
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