The Shine of Fenril
□白銀の夢
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その時昇りたての太陽から色が消えた。
太陽だけではない。美しい大理石でできた神殿の柱の色や、朝焼けに燃える空、片隅に生える草花の色この世のモノがすべて色褪せたセピア色へと塗り替えられた。
目の前で起こった現実離れした奇妙な現象を目の当たりにしたレイドはその場に立ち尽くし、ただ息を飲むことしかできなかった。
すると靴音が大理石の神殿に響き渡った。レイドは靴音のする方を反射的に振り向くと、こちらに近づいてくる人間を睨み付けた。
レイドと同じ漆黒の髪にそして血のように赤い瞳の歳は多分20代ぐらいだろうまだ年若い人間……いや天使の男。
男の背中からは美しい純白の翼と艶やかな漆黒の翼が生えていた。
「堕天使」
レイドは嫌悪感丸出しで、現れた美しい天使を睨み付けた。
「さぁて質問だ。これを見て何か思い出したことはないか?」
天使は微かな笑みを口元に浮かべて深紅の瞳でレイドを見つめた。まるでなにかを試すように。
「さぁ…残念だが、なにも」
別になにも残念ではないのだが、知らないことは知らない。正直に知らないと言ったレイドは何も間違ってはいない。
「そうか、お前なら彼女の……アデレードの居場所を嗅ぎ付けてくれると期待していたのだが、とんだ見込み違いだったようだな」
男は演技めいた素振りをして、肩を落とすとわざとらしいほどまで深いため息をついた。
――アデレードだと ?
レイドは更に強く男を睨みつけた。
アデレード……彼女はあのシスコン皇帝ダーレスの妹にしてイレーヌとルネリアの異母姉。そして帝国でも史上最悪の悪女と謳われている人物。
彼女は世界で一番自分を愛している婚約者を捨てて、欲望と狂気にかられた愛人と共に駆け落ちした。そしてその後も自分をしつこく追い回してきて自分の元に戻るように説得してきた婚約者を、堕天使への生け贄として捧げ強大な魔力を手に入れたのだ。
更に手に入れた強大な魔力で用済みになった愛人を亡き者にすると、その麗しき美貌で世の男たちを次々と陥れ堕天使の生け贄として次々と捧げ、自らの魔力を増やし続けていった。しかしある日アデレードはついに強大な魔力に耐えきれなくなり堕天使の魔力に呑まれて死んでしまったらしい。
自業自得いや、因果応報とでもいうのだろうか。彼女のその無惨な最期を悲しむ人間はおらず、放置された亡骸は堕天使に食べられてしまったとか。
それから彼女は自らの力に溺れた愚かな卑しい魔女だと言われるようになった。
しかしこの話は、ただの噂話で本当のことはレイドはおろか帝国の有力貴族たちですら知らない。
とりあえずもし帝国にとって、いや世界にとっても彼女の存在が都合の悪い事だったからあんな噂が流れた。とレイドは思っている。
きっとウェンが彼女の話をたまにレイドにしてくれたから彼女のことを噂通りの悪女と思えないだけだろう。
結局、真実を知るのは彼女と親しかった人間と一部の人間だけ。とりあえず彼女の生き様、そもそも本当に帝国にアデレードという人物が存在していたのか、すべてが深い謎に包まれている。
しかし目の前にいる堕天使が彼女のことを知ってるということは、アデレードは少なからず堕天使と絡んでいた…ということになる。
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