The Shine of Fenril
□月夜の湿原
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『イレーヌ!!』
「レイド?」
そう聞き覚えのある声で自分の名前を呼ぶ声が微かに聞こえてきたのでイレーヌは後ろを振り返った。
しかし後ろには鬱蒼とした茂みが広がるばかりで人がいる気配など全くない。
「気のせい…か」
いくら人がいいレイドでも《immortality》である自分なんかをわざわざ追ってくるわけがない。
きっと空耳が聞こえるほどレイドのことを無意識のうちに強く考えていたのだろう。
そう思うと何故か自然と自身を嘲るような笑みが浮かぶ。
無駄な希望は持たないともう決めたのに。
大きな希望を抱くぶん絶望もまた大きくなるだけだから。
「着いたな」
いつの間にかイレーヌとフード男は茂みを抜け世界で一番危険な場所ノワール湿原にそびえ立つはるか天まで伸びる古びた神殿の前に立っていた。
この神殿こそがこの世界で一番の宗教エカラ教の聖典の中で女神が降り立った聖地と綴られている、《生命の神殿》
またこの神殿はこの世界とは異なる世界《神々の楽園、蒼窮》と《地下世界アンダーワールド》に繋がる扉があるとされている場所でもあり異世界学者たちの間では《世界樹》とも呼ばれている。
いくら空を見上げても最上階は見ることが出来ないぐらいの高さの神殿を見るとほんとに異世界に繋がっているようにもみえる。
「中に入るぞ」
イレーヌは黙って黒フード男の後ろについて行こうとした。
その時だ。
さっきまで気のせいだと思っていた声がまた聞こえてきた。
しかもこんどはすぐ側から。
「……ヌ!!」
あり得ない。そんなことは絶対にあり得ない。
だからきっと気のせいだ。
ノワール湿原に生息する高位の魔族が出している幻だ。
きっとそうだ。
そうに決まってる。
しかしまたすぐ側から。
「…レーヌ!!」
と自分の名前を呼ぶ3度目の声が聞こえた。
それも声はさっきよりもずっとすぐ側から聞こえてきた。
ここまでくるともはや魔物が作り出した幻でも幻聴でもない。
レイドだ。
レイドが暗くて、いつ魔物が飛び出してくるかもわからない危険な茂みを掻き分けながら自分を探しているのだ。
いつのまにか今まで凍りついていたのかと思うぐらい心が熱くなっていた。
頬に何か判らない生暖かい液体がつたう。
その液体は勝手に瞳から溢れ出ていた。
黒フード男も声が聞こえてきた方を静かに見つめていた。
「イレーヌ!!」
声と同時に茂みからレイドが飛び出して来た。
「………」
イレーヌは黙ってあちこちかすり傷だらけのレイドを見た。
ここまでレイドはおそらく走ってきたのだろう。
荒い息を無理矢理整えてイレーヌの顔を見て、
「イレーヌ」
とゆっくりレイドはイレーヌの名前を呼んだ。
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