The Shine of Fenril

□止まらない連鎖
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 帝都の広場などで胡散臭そうなオヤジがやっていた紙芝居の中のヒーローはいつも悪役を倒してたくさんの人を助けていく正義の味方で、ちびっこ達の憧れ的だった。

リックも小さい頃は正義の味方になって戦争を終わらせるんだとか言っていた記憶がある。

しかしレイドはそうでもなかったようで紙芝居の絵を真っ直ぐに見つめていつも決まって呟く言葉はヒーローへの憧れの言葉ではなかった。

『正義の味方がいたら本当にいたらいいのにな』
憧れではなく自分を助けてくれるヒーローを羨望していたレイドの傷だらけの心が率直に現れていた一言が今余計に心に染みる。


レイドは孤児院に来た時リックはもちろん孤児たちの世話をしているおばさんまで強く拒絶するなどとにかく人を信じられず警戒心の塊みたいな奴だったから過去に何かとても辛いことでもあったのかなとは思っていた。

けれどこの街いや国に飛ばされてからと次々と耳に入るリックたちの知らないレイドの一面。

13年前の虐殺事件そしてつい先日の歌劇場での事件。
化け物に心を売ったとか人間を食ったとかそもそもレイドが人間じゃないとかいう住人が作り出した噂話を真実だと思い込むほどリックは愚かではない。
がただの嫌がらせにしてはあまりにも多い悪い噂の数々に今回の事件。
もう何を信じればいいのかわからない、けれどレイドのことを信じてあげるのが一番だと思う。


しかしその肝心のレイドは歌劇場から姿を消した。重症を負わせたイレーヌを連れて。


レイドのことだ、きっと何か訳があるにちがいない。
だからいつか落ち合う約束をした場所にきっと姿を見せる。

そう信じて約束の場所に立っているが今日も一向に現れる気配はない。
リックは重い鐘の音が鳴り響く黄昏の空の下ただ待ち続けた。


今日来なければまた明日この場所に来て待つ。明日来なければまたその次の日も待ち続ける。
レイドがイレーヌと一緒に帰って来る日まで毎日毎日。


「リック早く着替えて行かないと式に遅れるよ」


黒い喪服に身を包んだリラが遠くの曲がり角を見つめるリックにそう言った。
しかしリックはなんの反応もしない。



今日の日没後レイドがやったとされる事件の犠牲者たちの追悼式がある。


今寂しげな黄昏色に包まれている白銀の街中で重く鳴り響く鐘の音はその別れを悼む式がもうすぐ始まるという合図でもあった。


「ちょっとリック聞いてるの!?」

リラがリックの耳元でそう大きな声で叫んでもリックは相手にしなかった。


あの事件での犠牲者全員顔も名前も全く知らない他人だ。
何故そんな知らない人たちを送り出す式にわざわざ他人であるリックが出席しなくてはならないのか理解できない。


「もしかしてまだレイドとイレーヌのこと待ってるの?」


リラはそう言うと呆れたように大きなため息をついた。
そしていきなりリックの胸ぐらを掴んで腑抜けたリックの顔に顔を近付けた。
その今にも泣きだしそうなリラの顔を真近でみると胸がズキズキと酷く痛んだ。


「あのレイドがイレーヌに致命傷負わせたあげく連れて逃げたなんて信じたくない気持ちはあたしにもわかるよ。
けれどこれはもうどうしようもない本当のことだから信じるしかないじゃない!!」


リラの悲しげな叫び声が聞こえてない訳ではない。
けれどリックはわざと無表情を装って声を無視する。
そうでもしてないと事件のあった日から必死で堪えている胸の中で溢れる熱くて痛い感情に脆くも流されてしまいそうだから。


リラもリックと同じで辛いってことはリラの顔をみたり声を聞いたりで痛いほど伝わって来る。
なのにそんな見苦しい言い訳で彼女の言葉を流してどうしようもない現実から逃げようとするなんて我ながら本当に最低な奴だ。


「…もういい」


そんなリックの態度に腹が立ってしょうがなかったのか、それとも呆れすぎて相手にするのも嫌になったのか、リラは感情を押し殺した声で驚くほど静かにそう言うとリックの胸ぐらから手を離しすぐさま走ってどこかに消して行ってしまった。


大きくため息をつくとリックは何かが溢れてこないようにやがては闇色一色に変わってしまうであろう綺麗なグラデーションの空を扇いだ。


しかし何か熱いものが瞳から溢れて頬を伝う。
リックはそれを隠すように片手で顔を覆い隠した。




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