The Shine of Fenril

□僕たちの痛み
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 てのひらの中で輝く宝石。
手を強く握ればその宝石は儚くも砕け散る。
だからといって手を握らなければその宝石はいとも簡単に誰かに盗られてしまう。


宝石を壊さないように守るにはきちんと握る手の力を自分自身で調節しなくてはならない。


宝石を傷付けることを恐れて握る力が弱すぎてもだめ、だからといって強すぎてもだめ。
調節するのが難しい、ほどほどの強さを保たなければならない。

レイドはその微妙な力の調節ができなかった。



いれる力が大きすぎたせいで宝石を盗もうとした奴と一緒に宝石まで粉々に壊してしまった。



壊れた宝石は二度と元には戻らない。
どれだけ後悔しようと嘆こうとその法則は変わらない。




体は鮮血に濡れ、顔は止まることのない涙に濡れる。



13年前の自分と今の自分は違う、そう思ってた。
今は《フェンリル》を完全に制御しきれたからもう13年前のみたいに宝物を粉々にしてしまうのではなく、ちゃんと宝物を守る為に力加減ができると思ってた。信じてた。



けれど結局無理だった。
今も昔も何も変わっていない。
自分でも制御、調節できない力では他人は愚か己の身すら守ることができない。
ただ全てを暴れる力のまま壊してしまうだけ。

結局レイドがすることすべて空回り。
なにもしないほうがマシだ。
それに昔も今も同じような事を懲りもせずに何度も繰り返してきたんだ降りかかる多少の心身の痛みには慣れている。



慣れている筈なのに今は息を吸うだけで肺に背骨に心臓に大きな棘でも刺さっているような鋭い痛みが襲い掛かる。
今まで経験したことのない全身に走る激しい痛みと重い疲労感。

…がそれがどうした。



痛いのは、苦しいのはレイドなんかじゃない。

レイドよりもっと痛みに苦しんでる人がいる。


真っ赤に染まった地獄の中でも真っ白な彼女、イレーヌを助けなければ。


100%助からないと言われても、どうにかして助けなければ。


そんな今更わけのわからない責任感みたいな感情がボロボロの心の中に溢れてる。
心が壊れてしまいそうなぐらいいっぱい溢れて溢れて。



レイドはぐったりとしているイレーヌを背負い出口へと歩き出した。


出口へと歩み出す一歩一歩が今にも崩れてしまいそうなほど弱々しい。


目指す出口に射す、儚くも力強く輝く真っ白な光。
あともう少し。
もう少しでその光に手が届く。


足を前に確実に一歩一歩。荒い息を吐き捨て心身ともに痛む傷に表情を歪めながらもレイドはその頼りない弱々しい歩みを止めない。


類類と横たわる屍の中で呆然と立ち尽くしレイドを見ているボサボサの黒髪の男と、積み上げられた瓦礫の山の陰に隠れて震えるカトレウスを横目にレイドはただ無我夢中で足を前に前に進めた。



光と影は紙一重。
希望と絶望もまたしかり。

どんな時も希望の光の裏には必ず絶望の影がつきまとっていることを決して忘れてはいけない。




目映い光まであとほんの数歩。
あと少し。あと少しで外に出られる。


外に出ればイレーヌをここより確実に助けられる。



最後の気力を振り絞りレイドは悲鳴をあげる体に鞭をいれてひたすら足を動かした。


刹那。
何かが弾け飛んだ激しい音が血に濡れたホールの中で反響した。


何が起こったのかわからない。
けれど音の次にレイドに襲い掛かったのは、右足首に走る足首に穴があいてしまったかのような激しい痛みと、鼻につく焦げ臭い火薬の臭いだった。



あまりの痛みにレイドは右足首を抑え、その場に膝をついた。
足首を抑えた手が真っ赤に染まる。


こんなところで出口を目の前にして…むざむざと倒れるわけにはいかない。


だってレイドはイレーヌを助けないといけないから。


今度こそ大切な人を守らないといけない。


だから…。
だから。





しかし無慈悲にも天はそんなレイドの願いに耳を貸さなかった。
ただ天がレイドに贈るのは細やかな救いではなく因果応報と嘲笑う絶望のみ。



外から絶えることなく幾重にも重なった大量の足音が聞こえ、どんどんとこちらへ近づいてくる。
殺人鬼を《フェンリル》を今度こそ完全に消す為に増援された王国軍と駐留軍たちの足音が。



けれど足音は、激痛に喘ぐレイドには届いていない。



レイドはイレーヌを庇いながら、ただひたすらに真っ赤に染まった床を這うようにして外へ外へと進んでいた。




かつて残虐の限りをつくしたフェンリルもこれほどまで弱りきれば恐れるに足りない。
兵士たちはフェンリル目掛けて一斉に銃を構え、ためらうことなくその引き金に手をかけた。






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