The Shine of Fenril

□輝ける者の目覚め
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 『…今日で全てが終わる。仕組まれた戦争も、私も。
けれど不思議と死ぬことは怖くない。
だって…彼が大好きなこの世界を守ることが出来るから』


最愛の彼女の遺した日記の最後のページには涙ととともにこんな文集が綴られていた。
男は読んでいた古い日記を閉じ、真っ赤な顔でカウンターに置かれていたグラスに入っていた酒を一気に飲み干した。


淡い夕焼け空に輝いていた宵の明星も姿を隠して夜はさらに更けて行った。
漆黒の夜空には怪しい輝きを放つ月が、雲の隙間から顔を出す。

いつもなら夜でもまばゆいほどの灯りが灯り、賑わう歌劇場も乱入者が入って今日の公演が中止になったせいで、照明は消され、暗闇と気味の悪いほどの静寂に包まれていた。

この街のシンボルである歌劇場がこんな状態だから、歌劇場の近くにある創業50数年の歴史を誇るこの街の老舗の大人の社交場もガラガラだ。

今、店の中にいる客は酔い潰れている20代ぐらいの若い男一人のみ。
長年この店を一人で切り盛りしてきた今年で75歳になる年を感じさせないほど元気なトウル婆さんは今日は客が来そうにないので早目に店を切り上げることにした。


「アンタ、さっきから飲み過ぎだよ?
今日はもうこのぐらいでやめときなよ」

トウル婆さんは苦笑いを浮かべて真っ赤な顔をした男を見つめた。

この男は一様この店の常連客だ。
常連客だが、毎日毎日朝までに飲みまくってふらふらになりながら帰って行く奴なので、今日はもうやめるように言ってももうどうしようもない。


「…まったく、昔はいい男だったのに、今じゃ見る影もないよ、暁戦争の“英雄”さん」


トウル婆さんは皮肉たっぷりにそう言い水を入れたグラスをカウンターに置いた。
今はどうしようもない彼もあの戦争が終わるまで、きちんとした奴だった。
暁戦争であのウェンと並ぶ、いやそれ以上の強さで敵を圧倒した。
しかしウェンとは相反した故に黄昏の血団からその存在を歴史の闇に葬られた悲しき英雄。

「…そんな称号…今さら別に欲しくもない」


「そうかい?
飲んだくれよりはずいぶんマシだとはおもうけどね」

「…そうか」

男はそう適当に答えるとボーッとグラスの水に写った自分の顔を眺めた。


虚ろな赤い真紅の瞳にかかる艶やかな漆黒の髪。
3年前と何一つ変わっていない自分の姿を見ていると嫌気がさしてくる。


「How do you think of my present figure?……Alpah」


男は小さく失われた言葉で独り言を呟いた。


「あんた、あんまり人様の前でその言葉使わないほうがいいよ。…特にこの国ではね」


「…戦争が終わってから随分と生きにくくなった。…この世界は…」


男は深い憂いを浮かべて呟いた。あの戦争から3年。
人間が戦いに勝利しアターシャが死に堕天使全てが死滅した日、男は全てを失った。
愛した人も、信じた友も、地位も名声も全て……。

「…婆さん…後もう一杯だけ」

男はうつぶせになって、空いたグラスをトウル婆さんに渡した。
カウンターに置いたときの衝撃で中に入っていた氷がカラリと音を立てて崩れる。

「ダメ。今日は帝国とかカトリアの軍がうろうろしてるからね。
どっかの馬鹿が、酔っ払って騒ぎでも起こされたりしたらたまらないよ。
飲むなら水かジュースにしときな」


「……帝国とカトリアが?」


顔を少しだけ起こしてトウル婆さんを見た。






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