The Shine of Fenril

□月夜の湿原
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 日は完全に地平線に落ち漆黒の闇が茂みを包み込んでいる。

「イレーヌ!!」

いくらレイドが必死にイレーヌの名前を呼んでも返事はかえってこない。ただ飢えた獣と自分の荒い息の音が聞こえてくるだけ。


「…頼むからいたら返事をしてくれ!!」


それでもレイドは必死に叫び続けた。
 叫び続けないと常に最悪の状態が頭の中によぎってしまうから。きっとイレーヌは大丈夫だ。無事に生きている、と自身に思い込ませるためにレイドはひたすら叫呪文のように何度も何度も叫び続けた。


鬱蒼と生い茂る邪魔な茂み手でかき分けてない道を自分で道を切り開く。灯りがなくて何も見えない暗闇の中に足を踏み入れても臆することなくただ足を前に前に進めた。
イレーヌもきっとこのような先の見えない暗闇の中で必死に闘っていたのだ。
 人の命を玩具のように扱う実験の被験者となり《immortality》というわけのわからない呼び名までつけられて誰にも言えずただ一人で悩んでたのだろう。全部記憶を思い出してからずっと、ずっと。

なんとなくイレーヌの気持ちが理解できる。それは彼女への同情からじゃなくてレイドとイレーヌが似た者同士であると思うから。
 イレーヌもレイドも怯えている。幸せな今が壊れてしまわないかどうか。
 きっと人々の脅威であった堕天使を彷彿とさせるからだろう、どこか人間離れした不思議な力を持つ人間は無力な人々から見た格好の異端の的となった。
何も悪いことはしてない。ただ欲しくもない不思議な力を持っていたせいで無意味に傷付けられ、蔑まれ疎まれる。そうやって自分たちとちょっと違う奴を傷付けて己の心の中の恐怖という感情を追い払う、人間なんてそんなもんだ。
 きっとイレーヌは仲間がいきなり自分の正体を知って豹変してしまうの怖かったのだろう。だから記憶が戻っているのに戻っていないふりをし続けた。
一人で全部抱え込んでいて、とても辛いのにレイドたちの前では常にいつもどおり笑っていた。



今思えばなんで傷だらけの笑顔の裏側を気付いてあげられなかったのだろう?
その苦しみを人一倍レイドは理解しているのに。


――たとえどんな奴だったとしてもお互いのことを素直に受け入れられる。
これが本当の仲間ってやつじゃないか?


戦時中、部隊の仲間ともめて悩んでいたレイドにかけてくれたウェンの言葉だ。
あの時あまり理解できなかったこの言葉を今なら理解できる。

早くイレーヌを見つけてイレーヌの孤独という闇を晴らしてあげたい…。
 たとえそれがレイドにできなくても…。



「イレーヌ、俺はお前がイモなんとかでもいい!!
つーかそんなのどうでもいい!!」


レイドは後ろから飛びかかってきた巨大な人喰い狼を剣で突き刺して地面に振り落とすと大きく息を吸い今までで一番大きい声で


「イレーヌ!!」


と名前を力いっぱい叫んだ。
この声がイレーヌに届くように強く願いを込めて…。


レイドの声は辺り一面にこだまして闇の中に消えていった。




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