The Shine of Fenril

□復讐の彼女
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 船が止まった。
 レイド、リック、イレーヌは船員に見つからないように、気をつけながら船からこっそり降りた。
 地上に地面に足をついても、気のせいかまだ揺れているような気がする。あれから丸1日ほど、揺られていたのだ。仕方がない。

 とりあえず適当に乗り込んだ船は幸いにもウォルウール近隣の港街ブラウシーノに停泊した。ブラウシーノは帝国本土にある街の中でも比較的温暖な地域で世界的にも有名なリゾート地だ。


「ほんと生き返るな〜」

 リックは長時間同じ姿勢でいたせいで、固まっていた体を伸ばしながら、気持ちよさそうに太陽が照る青い空を見上げた。
 その隣で、もしかして初めてここに来たのだろうか。イレーヌがあまりをもの珍しそうに辺りを見回している。


「おいイレーヌ、あんまり俺とリックから離れるなよ。
こんなとこで迷子にでもなられたりしたら……」


「もう、大丈夫だって!! 私、子どもじゃないよ?」


「ふーん。前もそんなこと言って迷子になってたような」


 レイドはそう言うと昔のことを思い出してため息をついた。
 昔イレーヌが孤児院の近所にあるスラム街へと続く道で迷子になったことがあった。
 しかしそれはただの可愛らしい迷子ではない。なんせイレーヌの迷子は普通の迷子とスケールが違うのだから。
 イレーヌは孤児院のみんなと近所の人たちが一致団結して、2日間必死になってスラム街を隅々まで探してやっと発見されたという伝説を持つ超迷子っ子なのだ。
 地元で2日間迷子になった奴がこんな初めてきたような街で迷子にでもなったら考えただけでゾッとする。


「バカレイド!!」


 イレーヌの鉄拳がレイドの頬に炸裂した。たぶんイレーヌは冗談のつもりで殴ったのだと思うが、武術を完全マスターしているイレーヌの頬ビンタはかなり痛い。
 レイドは頬を抑えてその場に倒れ込んだ。


「まぁまぁ二人共、喧嘩はそのへんにして何か食べに行かないか?
これからのこともあるし、まぁ何より腹減ったしさ」


 そんな2人の仲裁に入ったリックの提案でとりあえず近くにあった小さな喫茶店に入ることにした。
 喫茶店は意外にも繁盛していて客がいっぱい入っていた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 3人が席につくとすぐに笑顔が素敵なお姉さんがすぐにオーダーを取りに来てくれた。


「俺はコーラーで。2人は?」


 リックがそう訊いてきた時、レイドとイレーヌは真剣な表情でメニュー表と睨みあっていた。


「おいおい、レイドもイレーヌもそんなに熱心にメニュー見なくてもいいだろ」


 お姉さんをずっと待たせるわけにもいかないので、レイドはメニューの中にある、手作りマンゴープリンを頼むことにした。


「じゃあ私はマンゴープリンで」


 見事にイレーヌとメニューが被ったが、気にしない。だってマンゴープリンは美味しいのだから。


「俺も同じで」


「はいかしこまりました」

 お姉さんは爽やかな笑顔を浮かべて、言うと厨房に戻っていった。


「ちょっとトイレ行って来る」


「行儀悪いぞ」


「うるさい」


レイドはそう吐き捨てると、席を立ちズボンのポケットに手を突っ込みながらトイレへと向かって言った。


「もう、だらしないんだから」


 イレーヌはレイドの後ろ姿を見つめ、そうあきれたように呟いた。
 昔からポケットに手を突っ込んで歩いたら危ないって言ってるのに。


「にしてもこの街に来たの久しぶりだなぁ」


 リックは出されたお冷やに手を伸ばしどこか懐かしそうに呟いた。


「リックはここに来たことがあるの?」


「あぁ一度だけ。
確か血団時代にブラウシーノ領主の護衛で来たかとがあるよ」


 ブラウシーノの領主。自分は会ったことも見たこともないのに名前も顔も知ってる。
 なんでかわからないけれど知ってる。
頭の中に浮かび上がってくる。


「……アルバ」


 イレーヌは表情を曇らしてうつむき机を見つむた。


「知ってるのか?」


「知ってるも何もあの人は!! 何だっけ?」


 なんだか勢いで途中まで思い出せた。けれどその先がどう頑張っても思い出せない。思い出そうとすればするほど記憶から遠ざかってしまう。


「もしかしてアルバととんでもない因縁でもあるんじゃないか?
だからアルバの名を聞いて、少しだけだけど何か思い出せた、とか」


 リックは暗い顔をしているイレーヌを見て言った。


「そだね。とんでもない思い出だったんだよね」


 イレーヌはそう独り言のように呟き、さっきと同じお姉さんが持ってきたマンゴープリンを一口食べた。甘酸っぱいマンゴーの味が口の中に広がった。


 そのとき珍しく顔色を真っ青に変えたレイドがトイレから帰ってきた。


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