The Shine of Fenril

□帝国騎士団
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 街中を流れる清んだ水はこの街の象徴だと人は言う。
 水路が街を駆け巡るここ、海上の帝都《ウォルウール》は初代フィラ帝国皇帝が当時の最新技術を結集させて創られたポスタ海峡に浮かぶ巨大人工海上都市だ。


 常夏のウォルウールは本日も快晴の真夏日。
 太陽が容赦なくその光と熱を降り注ぐうだるような昼下がり。


 火照った体を冷やすひんやりとした潮風を身に受けながらウォルウール3番街外れにある人気のないビーチにレイドは足を踏み入れた。

 潮風に揺られ、鮮やかに咲き誇る花々が南国独特の匂いを辺り一面に漂わせている。
 この匂いをいい匂いと感じる人間もいるし、逆に悪臭だと感じる人もいる。ちなみにレイドは後者だ。

 そんな独特な匂いを放つ南国の花畑の中に新しい墓石が一つポツンと寂しくたっていた。
 真夏の太陽の光を反射して輝く墓石にはこう刻まれている。
『暁戦争の若き英雄ウェンここに眠る。
陽暦3625年永眠享年23歳』
と。

 23年というあまりにも短すぎる一生を終えた英雄の名が刻まれた墓の前でレイドは立ち止まり、そっと墓石に触れた。
 真夏の日差しを受けた墓石がレイドが予想していたよりも熱かったので長い間触っていられなかった。


「久しぶりだなウェン」

 墓石から手を離して苦笑いを浮かべると、レイドは墓石に語りかけた。
 憧れの兄を慕う弟のように。
 またしばらく会っていない気の許せる友と他愛のない日々を話し合うように。


「もう、レイドおいていかないでよ!!」


 そんな迫力のない怒った声と一緒にレイドの背後から荒い息遣いとビーチに咲く花を踏みつける音が聞こえてきた。

 レイドは近付いてくる声の主を確認するように後ろを振り向いた。

 振り向いた先にあったのは空に浮かぶ入道雲のように真っ白な髪。
 それがどんどんとこちらに近付いてきている。

「それはイレーヌが歩くの遅いだけだろ」

 レイドの挑発的な嫌味を聞いてムッとした表情を浮かべてこちらを睨んでくる綺麗な白い髪の少女。彼女はイレーヌ。
 レイドより3歳ぐらい年下のたぶん15歳ぐらいの可愛い女の子だ。


 今、イレーヌの年齢をたぶんとぼかしたような表現したのは決してレイドが忘れていたからというわけではない。

 イレーヌは大きな問題を抱えている。
 記憶がない記憶喪失という大きな問題を。

 記憶喪失といっても三日前の晩飯が思い出せないとかそんなレベルじゃない。

 彼女は生まれてから今までの記憶が一切ないのだ。家族の顔も名前も、生まれた場所も、誕生日も、何もかもを。

 しかしなにもかも忘れてしまっていたイレーヌも、唯一覚えていたものがあった。
 それはイレーヌという彼女自身の名前。


「ウェンさんこんにちは遊びに来たよ。あっ、お花置いとくね」


 イレーヌは短い白い髪を潮風に靡かせてそう言った。
 そして手に持っていた孤児院の花壇から適当に抜いてきた真っ赤な花と太陽に負けないぐらい眩しく咲き誇る向日葵を墓前に供えた。

 向日葵とともに供えられた赤い花は生前ウェンが孤児院の庭に植えていた花だ。


 名前のないこの花は今では孤児院の花壇だけでなくウォルウールの街中至るところに咲き乱れていてウォルウールの人達から《英雄の花》と呼ばれ愛されている。

 花にこれといって特別な関心のないレイドも変な話、見ていて心が温まるというか、うまく言葉に言い表せないけれどなんだか懐かしい感じがして好きだった。

 ウォルウールの人々に愛されるこの花が孤児院に咲くようになったのは意外と最近でウェンがイレーヌを孤児院に連れて来てからだったような気がする。

 イレーヌが孤児院にやって来たのは今から5年ほど前のことだから、たしか《暁戦争》終戦間近の頃だ。

 ある日墓石に名前が刻まれている人物ウェンがイレーヌをレイドが孤児院に連れてきた。
 その頃にはもうすでにイレーヌは何も覚えてはいなかった。

 どうしてイレーヌは記憶がないのか、その理由をウェンは知っているようだったけれど、結局死ぬまでそのことについては何も教えてはくれなかった。


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