The Shine of Fenril

□星狩り
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 まだこのトロメイアに居た頃。
 あの幼いレイドが生きていた頃。今のレイドはまだ、レイドと呼ばれてなかった。今みたいに人としての姿すら持っていなかった。
 先ほどアルファが言ったとおり、今ここにいるレイドは18年前にアルファによってこの世界に喚ばれた《輝けるフェンリル》と呼ばれている実体を持たない存在だった。

 この世界に喚ばれたフェンリルは、元の世界と喚び出されたこの世界の仕組みがかけ離れていたため、本来この世界では生きていくことは不可能だった。
 けれど自分と契約を交わせばこの世界でも生きることが可能になる、とアルファは言った。元の世界に帰る方法がわからなかったので、この世界に留まり生きる術を見つけるしかない。この世界で生きるためにフェンリルはアルファと契約して1人の赤ん坊に取り憑いた。

 そのフェンリルが取り憑いた赤ん坊の名前が“レイド”。アースとアルファの間に生まれた男の子だった。
 “レイド”の兄にあたるレンは孤児で夫妻が引き取った子であって実子ではない。なので“レイド”は夫婦の間に初めてできた子どもだった。

 子どもに魔物を憑かせるなんて普通有り得ないことだ。魔物が契約を守るとは限らない。
 取り憑いた魔物が宿主である子どもの心を殺して子どもの体を乗っ取り、親を殺害。契約者である親が死んでも、契約対象である子どもが生きているので魔物はこの世界で生きていける。
 もちろん子どもが死ねば契約は終了し魔物は死んでしまう。

 どんな道を選ぼうと、この世界に喚ばれれば最後。元の世界に戻ることは叶わず、この世界ですぐに朽ちるか、人に取り憑いて生きるかのどちらか1つ。生きていくといっても、人の寿命は魔物からみればあまりにも短すぎるので数十年の延命にしかならない。


『あの子が寿命で最期を迎えるその日まであの子を守ってあげて。
 それができたら私が責任を持ってあなたを元の世界に戻しましょう』


 アルファは契約終了時、フェンリルを元の世界に戻すと言った。喚んだ契約者でなければ魔物を元の世界に戻すことはできない。普通に考えて、“レイド”が寿命で死ぬまでアルファが生きられるわけがない。
 けれどフェンリルは直感でアルファは普通じゃないと感じとった。アースからも人間離れした異様な感じはしたが、アルファはもっと異質な感じがした。
うまく表現できないが、おそらくそれは、何かに絶望して、生きることを諦めたような雰囲気のせいだ。
 アルファがアースに見せる笑みには、いつも深い憂いの表情が浮かんでいた。
 家族と呼ぶには何故か違和感がする、そんな奇妙な空気が漂う家族だった。


『敵襲!! 北の空から大群が迫ってる!!』

 それは“レイド”に取り憑いて半年経ったころに突然起こった。
 いきなり空から大きな音と共に沢山の光が雨のように降ってきた。降ってきた光は地上に着くと真っ黒な怪物へと変化した。黒い影のような不気味な化け物は、アルファたちが暮らしていた小さな集落を襲撃した。

 アースが全身血まみれになって化け物を倒し続けている間、アルファは魔法使ってレンと“レイド”を遠い場所に逃がした。

『フェンリル、この子たちを頼んだわよ』

 その時、フェンリルは自分が喚ばれたわけを悟った。アルファはこうなることを予知していたのだ。だから自分の代わりにレンと生まれたばかりの“レイド”を守れる存在に“レイド”を託した。


 アルファが“レイド”たちを逃がした先は幸か不幸か極寒の国の大きな歌劇場があるトロメイアの街だった。そう、“レイド”が最期を迎える場所。


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