消えない記憶 シリーズ

□消せない想い
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scene.2

 一人になった理事長室で、幸隆は机に戻ると仕事に戻る。
書類を読み、押印したり修正を加えたりしていく。
何枚目かの書類を眺めている途中で、幸隆は手を止める。
ため息をつき顔を上げ、眉間を揉んでいるとノック音がした。
叩き方からして、西川ではないだろう。

「はい」
「松岡です」

馴染みのある声と名に幸隆は笑みをこぼすと、一声かけ招き入れる。
書類の束を持って入って来たのは、若い女性だった。

「失礼します。来週の理事会の資料を持ってきました。」
「ありがとう。そこに置いといてくれ」
「わかりました」

女性は書類を言われた場所に置くと、幸隆に一礼して退室しようとする。

「待って」
「はい?」
「すぐにきりが着くから、座って待ってて」
「・・・・・・はい」

幸隆の引きとめる声に驚き困惑しつつも、女性は言われた通り入口から近い二人掛けのソファに腰掛ける。

「これは・・・?」
「ん?」
「理事長の物ですか?」

彼女の目の前のテーブルには、西川のノートがそのまま置いてあった。

「・・・・・・いや、昇司・・・西川先生の」
「昇司くんの?」

名前で呼びそうになったところを、職場であることを思い出し名字に戻す。
幸隆は見終わった書類をまとめると、ソファの方へ移動する。

「さっきまで、ここにいたから」
「そうですか」

二人の友人関係を知る彼女は、特に気にした様子はなくこの話は終わらせる。

「・・・雪菜」
「理事長?」

仕事にきりは付けたようなのに、ソファに座る様子は無く、自分の名を呼ぶ幸隆に女性・雪菜は首をかしげる。

「幸隆」
「・・・・・・どうしたの?幸隆」

役職ではなく名前で呼べと主張する彼に、雪菜が問いかけると、答えるより先に幸隆は雪菜の横へ腰を下ろした。

「悪い、五分でいいから」
「・・・うん」

幸隆の意図を察した雪菜は、何も言わず肩を貸す。

「ありがとう」

彼女の肩に寄りかかった幸隆は、静かに目を閉じる。

「・・・・・・寝れてないの?」
「・・・ちょっと、夢見が悪くてな・・・」
「大丈夫?」
「今のところ、仕事に支障は出てないよ」
「でも・・・」
「雪菜がそばにいてくれれば、また頑張れる」
「・・・・・・あんまり、無理はしないで」
「・・・あぁ・・・・・・」


 二人は、恋人同士であり、職場の上司と部下の関係でもある。
幸隆は卒業後3年ほど父親が代表を務めるグループの会社で働いた後、今年からグループの所有する学校の理事を任されるようになった。
幼馴染で幸隆の父とも交流があった雪菜は、一足先にこの学校の事務職員をしていたが、幸隆の理事長就任を機に理事長の秘書の仕事も手伝うようになった。

間近で幸隆の仕事の忙しさを見ていた雪菜は、その大変さも充分理解している。
だからこそ、休養の重要さも知っている。

仕事に支障は出てないと言っても、だからと言って、眠れていない現状は良いものとはいえない。

自分の肩で眠りにつく恋人を見て、雪菜は自分の無力さにやるせない気持ちになった。


「・・・ねぇ、なんの夢を見てるの?」





 ノックの直後、雪菜が返事をする間もなく西川昇司が入室する。

「ただい・・・ま・・・て、寝てんの?」
「うん。ついさっき」
「そっか」

彼もまた、親友の寝不足を察していたのだろう。幸隆を起こさないように、静かに空いている一人掛けのソファに腰掛ける。

「ゆっきー、なんか言ってた?」
「特には・・・。ただ、最近はあんまり寝れてないみたい」
「ふーん・・・」

眠る幸隆を気遣い、二人は小さな声で会話をする。

「・・・昇司くんは?」
「へ?」
「何か、聞いてない?」

雪菜の問いに、昇司は思考を巡らせる。
幸隆が、自分に前世の話をするのは、夢でその夢を見るからだと聞いている。
以前から記憶はあったのだが、その記憶を何度も夢に見るのだと。
そしてその夢で見た記憶の中には、忘れていたはずの記憶もあることも。

昇司が今日は何を思い出したのか尋ねると、幸隆は嫌な顔せず語ってくれる。
しかし・・・人として生きてきた以上、彼の前世には楽しい記憶だけでなく、哀しく、辛い記憶もあるはずなのだ。

「・・・・・・ごめんな、わかんねーや」

寝不足の原因を昇司は思い当たったが、それを言うことはしなかった。
幸隆は、雪菜に前世の事を話していない。
二人は幼馴染だとも聞いているから、自分よりも付き合いの長い相手だということは分かっている。

おそらく、彼女に知って欲しくはないということなのだろう。
少なくとも、今はまだ。

「そう・・・」

不安げな顔をする親友の恋人であると同時に友人だと思っている雪菜には申し訳ないが、幸隆の意志を無視するわけにはいかない。

眠る幸隆の顔を見る雪菜に心の中で謝罪して、昇司はテーブルの上に視線を落とす。

自身が置いて行ったノートに気づくと、昇司は雪菜には見えないように気をつけながらそれに目を通す。


「それ、何が書いてあるの?」
「あー・・・うん、その・・・えっと・・・」

見せないようにしていることに気付かれたかと、一瞬肝を冷やす。

「仕事のかしら?」

あまり人に見られたくないものだと言うことは伝わっているらしい。

「いや、なんていうか・・・趣味?」
「趣味?」
「うん。・・・恥ずかしいから、見ないでやって」
「何?詩でも書いてるの?」
「ははっ。ヒミツ」
「えー」

雪菜も、無理に問いただすつもりはないらしい。
というより、単に話題がなかったから聞いてみただけという程度のものだったのだろう。
笑ってごまかす昇司に、特に気にした様子はなく笑みを返す。

「・・・ん・・・」

その笑いで少し肩が揺れてしまったからだろうか、二人の声出だろうか。
寝ている幸隆が身じろぎをする。

「あ・・・」
「ゆっきー、起こした?」

寝ぼけ眼の幸隆を、二人は申し訳なさそうな顔をして覗き込む。

「・・・じろう?」
「・・・ゆっきー、俺だぞ?昇司」

段々と意識がはっきりとしてきたようで、幸隆は何度か瞬きをして体を起こす。

「・・・・・・昇司、話は終わったのか」
「うん。」
「雪菜、ありがとう。」
「もう大丈夫なの?」
「あぁ。仕事中に、悪かったな。」
「ううん、でも・・・」
「大丈夫。また、今夜食事にでも行こう」

大丈夫とは言うが、まだ疲れは抜けきっていないように感じられる。
しかし、本人にそう言われては、何も言えなかった。

「・・・・・・わかった、待ってる」

雪菜は立ち上がると、昇司に目を向ける。

「昇司くんも、またね」
「うん。またねー」


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