消えない記憶 シリーズ

□消せない想い
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scene.1

 1987年、日本。玄冬グループの所有する私立黒冬学院の理事長室。
部屋の主である若き理事長・黒冬(こくとう)幸隆(ゆきたか)は、一人掛けのソファに座り、お茶を飲んでいた。

ローテーブルを挟んで向かいにある二人掛けのソファには、彼より幾分年上の、しかしまだ青年と言える年の男が座っていて、彼の前にもまたカップが置かれている。
二人の間にかしこまった雰囲気はなく、デスクにある書類の束から察するに、仕事の途中で休息を取っているだけなのだろう。

「それで?」
「ん?」
「ゆっきーはどうしたわけ?」

ペンとノートを持った青年が、まるでマイクのようにペンを向け幸隆に話の続きを促す。

「どうって、別に・・・」
「出陣は?合戦は?」
「もう歳で引退してたし」
「でもさー、国の危機には老体に鞭打って・・・とか」
「ないない」

ゆっきーというのは、彼の目の前に座っている幸隆の愛称だろう。
なのに、途中から聞くだけでは、青年の言っている意味がまるでわからない。
しかし幸隆は、それを気にした風はなく、ただ彼の言葉に呆れ混じりの答えを返すだけだった。

「じゃあ、最期は?」
「普通に・・・娘と、孫に看取られて・・・眠るように、死んだよ。・・・老衰ってのか?」

誰かの最期を語る幸隆は、年齢にそぐわぬ達観した表情(かお)をしていた。


幸隆には、所謂前世の記憶というものがあった。
かつて彼が武家の者として育ち、領地を治め、後継に引き継ぎ、自らが死にゆくまでの記憶を持っていた。

「えー、つまんない」
「は?」
「もっとさ、なんか劇的なことないわけ?」
「あっただろ?もっと若い頃に」

幸隆は、青年に何度か前世の話をしたことがあり、その中には若き武将が戦で危険な目に遭ったり、手柄を立てたりした話もあったはずだ。

「もっと壮絶な最期希望」
「今更変えられるか」
「ケチ」
「お前な・・・」

人の前世の話にケチをつけるか。と、幸隆は思わずため息をこぼした。
そんな幸隆を気にも留めず、青年はなにやらノートに書き記す。

「で、お前は何してるんだ?」
「見てわからない?」

問う幸隆に、青年はノートとペンを目で示す。

「何をメモしてるんだよ」
「ゆっきーの夢物語」
「夢じゃねぇよ」
「ま、いーじゃん。」

青年のやっていることはわかったが、何故自分の前世を書き記す必要があるのかと少し不安になり、幸隆はまた問うた。

「どうするって、別に、どうもしないよ。・・・しいて言うなら、俺が見て楽しむため?」
「人の人生を娯楽にしてんじゃねぇよ」
「いーじゃん、減るもんじゃないし」

何をしたいのかよくわからないことは多い友人だったが、自分を貶(おとし)めるようなことをする人物ではないことは、幸隆は知っていた。

「・・・口外するなよ」
「わかってますよー。ゆっきーは俺だから話してくれたんだもんねー。」
「・・・・・・」

幸隆が青年と知り合ったのは、比較的最近の事である。
大学に入学した時、キャンパスで3年生の彼に会ったのが初めての出会いだ。
不思議と気があった、年上の友人との付き合いは今でも続き、親友と呼べる仲になっている。

そしてその親友に、幼馴染にさえ話したことがなかった自らの前世の話をしたのは、在学中の事だ。
その時はまだ、たまたま授業が一緒になった時は近くに座ってたわいもない話をしたり、時々昼食を一緒に取ることがあるという程度の仲だった。
それなのに、幸隆が話す気になったのは、彼の持つ雰囲気によるものだったのかもしれない。

黙々とメモを続ける青年を横目に、幸隆はティーカップを片づける。
理事長室には、隣接した専用の給湯室があるのだ。
しばらく、別に気まずいわけではないがお互い無言でいると、突如電子音が響く。

「あ、俺の。・・・・・・職員室からだ。」

電子音の正体は、青年の胸ポケットから出てきた小さな、四角い機械だった。
液晶に示されているのは、二人が今いる学校の、職員室の番号らしい。

「どうした?」
「んー・・・とりあえず、電話借りていい?」
「あぁ。」

ポケベルを見て首をかしげながら、青年は理事長室の電話から職員室に内線をつなぐ。

「もしもし。はい、西川です。先程、そちらから連絡が入ったんですけど。・・・はい、お願いします。」

連絡を寄こした相手に代わってもらっているのだろう。無言で待つ青年の前に、片付けを終えた幸隆はまた腰かける。

「・・・・・・あ、もしもし。はい、西川です。・・・はい、そうですけど。・・・え?・・・あの、その件は彼に任せたはずですが。・・・・・・何か問題でも?・・・・・・そうですか、なるほど。はい、わかりました、すぐ向かいます。」

青年は電話を切ると、大きなため息をつく。

「どうした?」
「うちの部員が、ケンカしたって」

この学校に教師として勤める青年・西川は、部活の顧問も引き受けていた。

「ケンカ?」
「俺も話は聞いてたよー。でもまぁ、クラス担任に任せたわけ」
「それで?」
「事情話そうとしないんだって」
「・・・剣道部だったか」
「そ。ったく、試合出場停止になりたいのかねー」

疲れた顔でソファにもたれかかる西川は、ため息をついて動こうとしない。

「行かなくていいのか?」
「・・・行かなきゃダメ?」
「すぐ向かうって言ってただろ」
「正直だるい」

こんなことを言えるのも、彼とは職場の同僚である前に友人であったからであろう。
しかし、

「職務怠慢は解雇の対象になりますよ、西川先生」
「わかりましたよ、理事長様。」

仕事は仕事で、割り切ることが必要な時もある。
もっとも、西川も本気で言っていたのではないのだろうが。

「・・・じゃー、また。」
「おう。」

苦笑いを浮かべて出ていく西川を、幸隆は軽く手を上げて見送った。


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